第2章 脱兎の如く
音柱様は、私のほうに近づいて来たのかと思ったが、横をすり抜け、私と音柱様の様子を、先ほどまでの騒がしかったのが嘘のように静かな様子で見守っていた3人の奥様の元まで行き立ち止まった。そしてクルリと私の方を振り向き、
「俺は別に継子も欲しいと思ってなければ、才能のない地味な奴に時間を割いてやりたいとも思ってねぇ。だがしかし、お館様直々にご依頼を受けた以上、お前を鍛えてやる義務がある」
腕を組み、偉そうな様子で(実際に偉いお方なのだけれども)こちらを見る音柱様に、元来体格の良い男性を苦手とする私が良い印象を持つ筈がなかった。けれども、
「私は、私の育手である桑島の期待に応えたい。もっと強くなって、仲間や苦しんでいる人の役に立ちたい。…正直言うと、音柱様のことは…怖いし苦手です。それでも、もし…今よりも強くなれる可能性があるのであれば…私は音柱様のご指導を…受けられればと思っております」
実際にこうして音柱様とお会いし、その普通の人間とは違い"音と気配をほとんど感じさせないその体捌き"を、私も会得したいと思った。その常人とは違う"忍"の動きは、鬼の隙をついて攻撃をする事を得意とする…というよりも、その方法でしか鬼の頸を狩れない私にとって、ひどく魅力的で、自分もそうなりたいと思わない筈がなかった。
「改めてこちらからお願いします。音柱様。どうか私に、その素晴らしい体捌きをご教授ください。お願いします!」
ムキムキネズミたちに連れられ、イヤイヤここまで来た筈だったのに。私ったら、なんで自分から頭を下げてお願いしてるんだろう。
頭の片隅でそんなことを考えながらも、先ほど述べたその言葉たちが、紛うことなき私の本音だった。私は何とかこの自分の気持ちが伝わるようにと深く、深く頭を下げた。