第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
杏寿郎さんは私から僅かに身体を離し、右手を私の後頭部に添え
「君さえよければ俺の邸で共に暮らさないか?」
身を屈め、私と視線の高さを合わせながらそう尋ねて来た。
「…杏寿郎さんの…邸で…?」
私にとってその提案は願ってもないものだった。その提案を受け入れれば、私はたくさんの時間を杏寿郎さんと共に過ごせ、尚且つ強くなれる。けれども
「そう出来たら…すごく嬉しいです。でも…お断りさせてください」
私はそれを断る選択肢を選んだ。そんな私の答えに、杏寿郎さんはその特徴的な眉をピクリと動かした。
「私…天元さんの所に戻らせて欲しいと、また…稽古を付けて欲しいとお願いするつもりです」
私は杏寿郎さんの隻眼をジッと見据えそう言った。
音の呼吸は雷の呼吸の派生であり、響の呼吸もそうだ。炎の呼吸の使い手である杏寿郎さんに教えを乞うよりも、呼吸法も近く、私の身体捌きの手本である天元さんに、より厳しく稽古をつけてもらう方が強くなれる可能性が高い。
音ばかりを頼りに戦えなくても、培った経験と、感覚の方が鋭くなるように鍛えれば、より強くなれるかもしれない。雛鶴さんまきをさん須磨さんに教わりたいこともまだまだある。
私にはまだまだ出来ることがある
諦めてしまうのには…きっと早い
「そうか。俺としては少し寂しくもあるが、適切な判断だ!宇髄ならきっと君を強い剣士へと導いてくれる!」
「はい。でも……もし、また迷うことがあったら…杏寿郎さんに…甘えに行っても良いですか…?」
自分で言っておいて酷く恥ずかしさを覚えた私は、杏寿郎さんから慌てて視線を外した。言われた本人である杏寿郎さんも、目を丸くし、キョトンとしている。けれどもその後
「もちろんだ!いつでも来るといい!むしろ毎日来てもいい!」
愛おしいと言わんばかりの視線を私へと向けてくれた。
「…ありがとう…」
私は杏寿郎さんとの距離を詰め、自らその首に腕を回し、ゆっくりと目を瞑りながら唇を突き出し口づけを強請る。
すると杏寿郎さんは私の後頭部をその大きな両手で包むように包むと
ちぅ
優しく、甘い口づけを私の唇に落とした。