第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
「…恥ずかしいんですけど」
思わずそう言ってしまうも
「安心するといい。2人は俺たちのことなど眼中にない」
確かに2人は私たちの存在など忘れてしまったかのように互いに労いの言葉を掛け合い続けており、こちらに目をくれる様子は全く見られない。
そんな2人の姿に
…私もいつか…杏寿郎さんとあんな風になれたらな…
自然とそんな風に思ってしまった私がいたのだった。
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その日の夜は、杏寿郎さん、しずこさん、そして私の3人で食卓を囲んだ。倫太郎さんは、胡蝶様の薬のおかげで昨日までに比べればかなり回復したものの、そうすぐに体調が元に戻るはずもなく、あの後すぐに疲れて眠ってしまった。
それでもその寝顔はとても穏やかなもので、あんな穏やかな表情で眠る倫太郎さんの姿は久々に見たとしずこさんは大層嬉しそうに言っていた。
それからしずこさんは倫太郎さんと同じ部屋で、私は杏寿郎さんと、私が住まわせてもらっていた部屋で、この家で眠る最後の夜を過ごさせてもらうことになった。
「…しずこさん…とても嬉しそうでしたね」
「あぁ。ご主人も、泣いて喜んでいたな」
私が使わせてもらっていた布団に半ば無理矢理杏寿郎さんと2人並んで収まり、私と杏寿郎さんは天井を見つめ、お喋りをしていた。
「胡蝶が言うには、ご主人の血液から鬼の毒のような成分が検出されたと言っていた。それを分解する点滴を数時間打ち、その成分のほとんどは消失したそうだ」
「……やっぱり、胡蝶様はすごいです」
「そうだな。あとは毎日欠かさず薬を服用し、お日様を浴びるようにすれば自然と元の生活に戻れるようになるとの事だ」
杏寿郎さんはそう言いながらもぞもぞと身体の向きを変え、天井を向いていた身体を私の方へと向けた。
私もそれに倣い杏寿郎さんの方に身体を向けよう…としたのだが、恥ずかしさの方が優ってしまい、それを行動に移すことは出来なかった。