第2章 脱兎の如く
「…和、あのネズミの事知ってるの?」
「知ってるよ~虹丸様のご主人のネズミなの~」
「待って待って。…その虹丸様って誰のことなの?」
私がそう尋ねると、和はムキムキネズミに向けていた黒い目を、私のほうに寄越し
「音柱様の鴉の虹丸様だよ~」
そう言った。
和のその言葉に
ピシッ
と、身体がまるで石にでもなってしまったかのように固まる。
なかったことに…なってなかった。
そう絶望に似た感情を抱いている私に気が付く様子のない和は、
「鈴音どうしたの~」
と相変わらずのほほんとした口調で私に話しかけてくる。そんな私にじりじりと接近していたムキムキネズミは、どこに隠し持っていたというのか4つ折りにされた紙を、私に向かって無言で(ネズミだから当たり前か)差し出してきた。
このネズミ達が、音柱様の遣いであることが判明した以上、それを受け取らない選択肢などあるはずもなく、私は恐る恐るその紙を受け取り、それを広げ中を見た。
そこに書かれていたのは
”そいつらの指示にしたがって来い”
という、何の説明にもなっていないたったの15文字だけ。
行きたくない。
心の底からそう思った。それでも
じいちゃんの顔に、泥を塗るわけにはいかない
そう思い、私は重くて重くて仕方のない腰を懸命に上げたのだった。
「…普通に…教えてくれないのかな」
私は今、両肩に1匹ずつムキムキネズミ乗せ、音柱様がいると思われる場所に向かっていた。この子たちが行く方向を指示してくれなければ、その場所に辿りつけっこないので助かってはいるのだが、如何せんその方向の教え方がこれまた珍妙なのだ。
「…あのですね、いい年した女が、両肩にネズミを乗せて歩いているってだけでもおかしいんですよ?それに加えて…そんな風に筋肉を主張されても……」
2匹の筋骨隆々なネズミは、どちらも同じように私の肩をまるで舞台に見立て”見ろこの素晴らしい筋肉を!”と言わんばかりの恰好をしながら方向を示すのだ。
私とすれ違う誰もが、スッと私から目線をそらし”気味が悪い女だ”と言わんばかりの顔をする。
…両肩にムキムキなネズミ。頭に鴉を乗っけてれば…当たり前か。