第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
「…やっぱり…お店、閉めちゃうんですか?」
「あぁ。私も、もう立派なばばぁだからね!これからはあの人とのんびり余生を過ごすことにするよ」
しずこさんは、私が罪悪感を感じないよう気を遣ってくれているのか、努めて明るい声でそう言った。その気遣いに、涙が溢れそうになってくるのをグッと堪える。
「ご主人は病を患っているのですか?」
「……病…ってわけじゃぁないんだけどさぁ」
しずこさんは、倫太郎さんの体調の話になると、大抵こんな風に言葉を濁し、話したくなさそうにしていた。だから私も、その病についてはっきりと聞くことはしなかった。それが私の事情を聞かずにいてくれたしずこさんに出来る、私なりの配慮だった。けれども杏寿郎さんは私とは違い、はっきりとその理由を尋ねた。
「回復する見込みはないのですか?」
もちろん悪戯にその話題を掘り下げているのではなく、何か解決の糸口を求めてのことだ。
「…実はねぇ………私にも、よくわかんないんだよ」
しずこさんはそう言いながら顔を歪めた。
「…わかない…ですか?」
その意外な言葉に、私は思わず目を見開き驚いてしまう。
「あぁ。鈴音ちゃんが来る1週間くらい前だったかな?あの人…山で、熊か…なんかに…襲われたみたいでさ。利き腕を…怪我しちまったんだよ」
歯切れの悪いしずこさんの話し方がやけに引っかかり
「…熊かなんかって…違う可能性もあるんですか?」
自分の脳裏に浮かび上がってきたひとつ可能性の有無を確かめる為、私はそう尋ねた。それは杏寿郎さんも同じだったようで
「俺たちに話しては頂けませんか?何かお役に立てるかもしれません」
しずこさんを安心させるような力強い口調でそう言った。しずこさんは、私、それから私の隣にいる杏寿郎さんの様子を伺うように見た後
…はぁ
心を落ち着かせるように息を吐き、ゆっくりとその口を開いた。
「…あの人…"鬼に襲われた"だなんて言うんだよ。…腕の傷も、そいつの爪にやられたって。…そんな馬鹿な話…ある訳ないのにさ。…きっと熊に襲われたショックで…気が触れちまったんだ…」
しずこさんは、視線を下げ両手で頭を抱えながらそう言った。