第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
ボロボロと涙はとめどなく溢れ、ダメだとわかっているのに、私は杏寿郎さんに縋り付くように身を寄せてしまう。言っていることとやっていることが伴わない自分の行動が、酷く情けなくて堪らなかった。
「…うむ」
杏寿郎さんは静かにそう言うと
「やはり俺には君の言っていることがよくわからない。だが俺は君のことを好いている。ずっと側にいてほしいと思っている。"役に立ってほしい"…などとは少しも思わないし今後も思うことはない。ただ共に食事をとり、つまらない話をし、隣にいてくれさえすればそれでいいんだ」
私の背中を、その大きく温かい手がゆっくりと撫でた。それからその身をゆっくりと剥がし、私の両頬を杏寿郎さんの温かな両掌が包み込む。
「君は、片目を失い、柱として戦えなくなった俺を価値のない、いる意味のない人間だと思うか?」
私の目をじっと覗き込むように見つめながら発せられたその言葉に
「…っそんなこと思うわけないじゃない!」
私は半ば怒鳴るように返事をした。杏寿郎さんは優しく微笑むと
「そうだろう?ならば俺にとっての君も同じだ」
そう言って
ちぅっ
軽い口付けをひとつ、私の唇に落とした。それから再び私の身体を苦しいほどの力を込めながら抱きしめ
「頼むから君自身を大切にしてくれ。俺はよくて自分はダメなどと区別をしないで欲しい」
「…っ…」
「鈴音は俺のことが"大好き"なのだろう?ならば、過去の亡霊や、君の人生においてそう重要でない人間に言われた言葉より、俺の言葉に耳を傾けてはくれまいか?」
左耳に、酷く優しい手つきで触れてくれた。
その言葉と
杏寿郎さんの温もりに
凍りついてしまっていた心が
ジュワリと溶け
再びその熱を取り戻した
「…っ…はい…」
心から杏寿郎さんのことを好きだと思った。他人にどう思われようと、私が私を許せなくても、杏寿郎さんが"好きだ"と、"側にいて欲しい"と、そう言ってくれるのであれば、それだけでいいと思ってしまった。