第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
「…左耳のことを気にしているのか?」
そう言いながら杏寿郎さんは、私の身体を優しくクルリと回転させ、向き合う形へと向きを変えた。
「…やっぱり…知っていたんですね…」
杏寿郎さんは行為の最中、ずっと私の右耳に囁きかけていた。そして左耳に顔を寄せた際は、囁きはしないものの、酷く優しい手つきで触れ、より濃厚な愛撫をしてきた。その行動から、なんとなく私の左耳の事を知っているんだろうなと理性を失いながらも感じていた。
「あぁ。全て知っている。今までと同じように、その耳を頼りに戦うことが出来なくなる可能性がある…そうなる事を憂い、こんな行動をとったのだろう?」
杏寿郎さんはそう言いながら一旦私から離れ、その身を起こした。それから私の身体も抱き起こし、再びその腕にギュッと抱いてくれた。
…痛い…でも…幸せ…
私はその問いに答える代わりに、軽く杏寿郎さんの身体に腕を回した。
「だがそれがどうした。万が一左耳が治らなくとも、今までと同じように戦えなくとも、俺が君を、…鈴音を思う気持ちとはなんの関係もない」
杏寿郎さんの手が、私の左耳をとても愛おしげに撫でる。それが酷く心地よくて、私の腕に自然と力がこもってしまう。
それでも
「…私には…関係なくありません。…役に立てない私に…戦えなくなってしまった私に…価値は…あるの…?…存在する意味は…あるの…?」
それを口にした時、同時に頭に浮かんできたのが
"なんの利用価値もないただの穀潰しの癖に"
"早くいなくなってくれればいいものを"
かつて父と、継母が言っていたその言葉たちだった。
…あ…そっか…私…自分で自分のこと…ずっとそう思ってたんだ…
とっくの昔に別れ、私の人生においてどうでもいいと言える存在であるはずの2人の口から発せられたそれらの言葉が、未だに私を縛りつけ苦しめ続けていることを、私は初めて自覚した。