第1章 始まりの雷鳴
「着いたぞ」
街から3時間ほど歩き、たどり着いたのは山間にある小さな家だった。
「…甘い匂いがする」
その周りには美味しそうな桃がなっており、街での生活しか知らなかった私にはとても新鮮なものに思えた。
「一つ食べるか?」
「……はい」
桑島さんはそう言うと、
ヒュンッ
どうやったのか私にはわからないような速度で桃を木から一つとり、
「鈴音に初めての仕事をお願いするとしよう。この桃を台所で剥いてくれ。そして、食べながら…ここで何をしてもらうかを教えよう」
ここが私の新しい居場所になる。そう思うと、失ってしまった生きる気力が湧いてくるような気がした。
「…はい!」
「鬼殺隊という組織があると言うことは、さっきわしがした説明で理解しているな?」
桃をつつきながら、桑島さんと私は座卓を挟んで向かい合っていた。
「はい」
「わしはな、その鬼殺隊に入隊したいと望む者に、隊士として相応しい力が備わるよう修行をつける"育手"という役割を担っておる者じゃ」
「…育手…?」
「そうじゃ。恥ずかしながら現状、全員修行から逃げ出してしまい、鍛える者が誰もいないのじゃがな」
そう言いながら桑島さんは、その鼻の下に生えている立派な髭を触り、困ったような表情を浮かべている。
「鈴音、お前さんにはな、ここにきた者達を鍛えるための手伝いと、炊事全般をお願いしたいと考えておる」
「…炊事…ですか…?」
「そうじゃ」
確かに、女将さんのところで炊事、洗濯、掃除、あらゆることは叩き込まれていた。だからその仕事を担うことは難しくないし、むしろ得意である。
「なぁに、精々わしが育てられるのは1人が2人。そやつらに手伝いもさせるからそんなに大変な仕事でもなかろう」
桑島さんはきっと、行く宛のない私のためにそうして欲しいと言ってくれているんだ。その気持ちはすごく嬉しい。…だけど、私が望むことはそうじゃない。
「その修行、私につけてはもらえませんか?」
口から自然と流れ出るようにその言葉は出てきた。
「…本気で言っておるのか?」
桑島さんは、私がそう言い出すことをわかっていたのか、驚いた様子を殆ど見せることなくそう言う。