第1章 始まりの雷鳴
「わしの名は桑島慈悟郎じゃ。お前さんの名を聞いてもいいか?」
「私は…荒山鈴音」
桑島さんは私がそう名乗ると
「鈴音か。綺麗な名じゃ」
そう言いながらニカッと歯を見せて笑った。
「…ありがとうございます…」
女将さんや、他のみんなの遺体を弔った後、最低限の荷物をまとめた私は、お世話になった店を後にした。遺体は桑島さんと2人で埋葬したものの、血だらけになった部屋は2人だけの力ではどうしようもない。けれども桑島さんは
"隠の者たちが綺麗にしてくれるから心配いらん"
と言った。私にはその言っている意味がわからなかったが、桑島さんがそう言うのであれば大丈夫だろうと、不思議と安心できた。
荷物を持ち、女将さんと過ごした思い出の家に私は深く深く頭を下げる。
「ありがとう…ございました」
いくらお礼を言っても足りない。女将さんと過ごした日々を思い出すと、せっかく収まった涙がまた溢れてきてしまいそうで、私は懸命にその思い出に蓋をする。
いつか、前向きな気持ちでここに来られるまで…しばらくのお別れです
「女将さん…大好き」
くるりと長年世話になった場所に背を向け、私は桑島さんの方へと歩き出した。
桑島さんの家に向かう道すがら、私はあの化け物が"鬼"と呼ばれる人間を食事として生きている化け物だと言うことを教わった。そして、桑島さんがその化け物から人間を守る組織、"鬼殺隊"という組織に身を置いているということを聞いた。私はその時初めて、桑島さんが右手に杖を持っていて、更に右膝から下がなく、黒い棒が義足のようになっていることに気が付いた。私には、その脚でどうやってあのおぞましい鬼と呼ばれる化け物の頸を切ったのか、全くもって想像がつかなかった。
どうやってあの鬼の頸を切ったのか
あの突然聞こえた雷鳴は何なのか
どうすればその組織に入れるのか
何度聞いても、桑島さんはそれらの質問に答えくれることはなかった。
きっと、私がそれを知ったら、そちらの道に進みたがることをわかっていたのだと思う。