第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
「わかった」
静かに答えた杏寿郎さんの言葉を聞きながら
大丈夫
話をするだけ
絶対にそんなことにはならない
自分の心にそう言い聞かせ、ガラリと扉を開いた。
「いらっしゃい」
その言葉を聞いた私がそのまま店内に足を踏み入れようとすると、グッと腕を掴まれ
「…っ…!」
杏寿郎さんの背中へと隠されるように腕を引かれた。そんな私を気遣うような行動に、ドクリと私の心が大きく波打つ。
そこからの流れは、まるであの時…私が遊郭へと向かうために杏寿郎さんを蕎麦屋に連れ込んだ時とほとんど同じだった。
無駄に察しのいい店員さんに二階へ行くように案内され、ズンズンと先を歩く杏寿郎さんに続きコソコソと顔を隠しながら階段を登る。2階に着くと、細い廊下を進み1番奥の部屋へと足を進め
ザッ
杏寿郎さんが開いた襖の向こうには、やはりあの時と同じく、これ見よがしに部屋の真ん中に準備されているひと組みの布団があった。
その布団をじっと見ていると
「さぁ。中に入るといい」
一見優しげに聞こえはするものの、決して有無を言わさないその雰囲気に
「…はい…」
私は重い足をなんとか引きずり部屋の中へと足を踏み入れた。
「君はまた…山菜蕎麦でいいか?」
杏寿郎さんは私の身体が全て部屋の中に入ったのを確認すると、わざとあの日の出来事を思い起こさせるように"また"の部分を強調しながらそう尋ねてきた。
「……はい…少なめで…お願いします」
「承知した」
杏寿郎さんはそう言うと、来た道を戻り一階へと向かって行ったようだった。
部屋に1人取り残され、一瞬逃げてしまおうかなと思いはしたものの、しずこさんときちんと話をすると約束してしまったのでその選択肢は選べない。
…話すだけ…話すだけだから…大丈夫
私はこれから起こり得るかもしれない出来事に胸をざわつかせながら、ちゃぶ台の周りに置かれていた座布団のうちの一つにポスリと座り込んだ。