第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
「…っ…うそ…」
恥ずかしさと、まさか自分が杏寿郎さんのことを、寝言でその名を呼んでしまうほど求めていたという事実に驚き、それ以上言葉が出てこなかった。
「あんたにとって大事な人なんだろうなとは思ってたけど…なんか事情があるんだろ?」
しずこさんはそう言いながら笑みを深めた。そして私の右手をカサついた両手で包み込むように握ると
「鈴音ちゃん…今日の仕事はもういいから、その人と、きちんと話をしておいで!」
そんなことを言ってくれた。
「…っ…でも…」
けれども当の私は、突然現れた杏寿郎さんと話ができるほどの心の余裕はなく、しずこさんの提案に"はい"と頷くことが出来ない。
「…でもじゃないだろ?…その人とちゃぁんと話をしないと…もうここでは働かせてやんないよ?」
その言葉はいっけん厳しくも思えたが、しずこさんが優しさからそう言っていることは考えなくとも理解できた。
「…っ…わかりました。でも、せめて店の片付けはさせてください。杏寿郎さんは…少し外で待っていてくれますか?」
「うむ。わかった」
杏寿郎さんの返事を聞いた私は今度こそ湯呑みとお皿をのせたお盆をきちんと持ち、店の裏へと入り、水場に溜まっている洗い物達にそれを混ぜた。
…やっぱり…昨日のあれが…不味かったんだよね…
やはりあの男は隠だったに違いない。杏寿郎さんの口ぶりだと、杏寿郎さんは私を探してくれていたようだった。きっと隠の人たちに荒山鈴音らしき人物を見かけたら連絡が欲しい“とでも言ってあったのだろう。
…迂闊…だったなぁ…
そんなことを考えながらお皿や湯呑み、それから使用した道具等を洗っていると、店の方からは何故そんな事になっているのかはわからないが、しずこさんと杏寿郎さんの楽しげな笑い声が聞こえてきた。
「…外で待ってろって言ったのに…なに仲良くなってるのよ」
思わず独り言をこぼしながらも
嫌だな…やっぱり杏寿郎さんの声は…どうしようもなく落ち着く
そんなことを考えずにはいられない私なのであった。