第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
あれ?看板に気が付かなかったのかな?
そんなことを考えながら
「すみません。今日はもう店終いでして…」
おぼんを持ちあげた手をそのままに振り返った。するとそこには
「承知している」
「…っ!?」
会いたくて
会いたくなくて
忘れたくて
忘れたくなくて
もう二度と目にすることはないと思っていた愛おしい恋人…とはもう呼んではいけない人の姿がそこにあった。
力の抜けてしまった私の手からスルリとおぼんが落ち
「…っ!」
…だめ…拾わないと…!
そう思ったのに、氷のように固まってしまった身体は動いてはくれない。
…あの音…凄く苦手なんだよなぁ…
現実逃避をするようにそんなことを考えていたが
「…っと、危なかったな」
杏寿郎さんの手がその反応速度の良さで、湯呑みもお皿も、空中で見事に両方捕らえた。そしてその二つを杏寿郎さんから1番近くにあったテーブルの上に置くと
「ようやく見つけた」
私をその隻眼で睨むように見ながら言った。
「…っ…!」
左耳がほとんど聞こえいなくても、杏寿郎さんがとても怒っているという事が、その声色からも表情からも容易に窺い知れる。
あんないなくなり方をすれば…あたり前…だよね
ぎゅと両手を握りしめ、私は杏寿郎さんから顔を背けた。
「…帰って「帰らない」…っ!」
杏寿郎さんを追っ払おうと拒絶の言葉を発するも、まるで“聞きたくない"と言わんばかりに言葉を遮られてしまう。
「…言いましたでしょう?本日の営業はもう終了です。申し訳ありませんがお帰りください…っ!」
「そう言われ…はいわかりましたと、俺が帰ると思うか!?」
「…っ!」
杏寿郎さんの大声に、私の肩がビクリと大きく揺れた。
するとその大声を聞きつけたのか、バタバタとこちらに近づいてくる足音が聞こえ
「どうしたんだい!?」
その音の持ち主であるしずこさんが、酷く慌てた様子で店の裏からやってきた。そして杏寿郎さんの姿を確認するや否や
「…なんだいあんたは?」
しずこさんは私の前に、まるで杏寿郎さんから私の姿を隠すように立ちはだかった。