第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
けれども、このぬるま湯に浸かるような穏やかな日々に変化が訪れた。
「鈴音ちゃん、悪いんだけど2、3日でいいから店に立ってもらえないかねぇ?」
いつも通りしずこさんと2人、しずこさんが作ってくれたまさに"田舎のお母さん"と言う感じの朝食に箸を伸ばしていると、しずこさんがとても言い難そうに切り出してきた。
「…お店に…ですか?」
私はしずこさんの言葉に、思わず歯切れの悪い返事をしてしまう。
私はこれまで営業時間中は裏方作業…団子の仕込み、仕上げ、その他の甘味の盛り付けなどしかしてこなかった。元々倫太郎さんが請け負っていた仕事を代わりにやる人間を募集していたわけだし、私が耳を理由に表にはあまり出られないと伝えてあったからだ。
気持ちとしては接客も手伝いたいところではあったが、表に立つことで万が一にでも鬼殺隊の関係者に会うことを避けたかった。だから本音を言ってしまえば、たった2、3日とはいえ、しずこさんのお願いを断りたかった。
それでも、突然現れたこんな私を雇ってくれたしずこさんのお願いを、聞いてあげたい気持ちはある。
「私…耳がこんななので…お客さんに失礼があったら…お店に迷惑を掛けてしまうかもしれないし…」
半分本当で、半分嘘だった。
「大丈夫!ここに来るのは常連ばっかりで鈴音ちゃんの事情はみんなわかってるし!そもそも私には、あんたの左耳が聞こえてないなんて信じられないくらいなんだし!りえちゃんなんだけども、急に田舎に帰る用事ができて2、3日出て来れなくなっちまってさ。無理を言ってることは十分わかってるんだけど…でもそこをなんとかお願いできないかい?」
そう言ってしずこさんは私の両手をその手で掴み、じーっと私の目を見つめてきた。
お世話になっているしずこさんにそんな風に頼まれてしまえば、私が断れるはずもなく
「…わかりました。きちんと出来るか不安ではありますが…頑張らせてもらいます」
そう言いながら、しずこさんの手を軽く握り返した。