第2章 脱兎の如く
そう思いながらはぁ…と大きなため息をついていると、
「わっしょい!」
「…っ!?!?」
先ほどまでとは違う掛け声に、私は驚き、思わず炎柱様の方にグリンと顔を向けてしまった。
え?何?わっしょい?わっしょいって…言ったよね?わっしょいって天ぷらを食べながら出てくる言葉じゃないよね?意味がわからないんだけど!?
そんな私の考えが顔に出てしまっていたのか
「ふふ…あの人ね、サツマイモの天ぷらを食べると必ずああやって言うのよ。見かけによらず可愛いわよね」
と奥さんが炎柱様を見ながら微笑んでいる。
…いや。全然可愛くないし。意味わからないし何よりもやっぱりうるさい。
ゆっくりと正面に向き直り、
はぁ…
とため息を一つ吐く。
いつもの流れであれば、お店がそこまで混んでいない場合、食べ終わってからもしばらくここにいさせてもらい、大将が天ぷらを揚げる音を楽しむ。けれども今日は
「…美味い!…美味い!」
と炎柱様の声のせいでその音もろくに聞こえない。
隊服じゃないし、私のことなんて覚えてないだろうけど、見つかったら面倒なことになりそうだもん…帰ろう。
「お勘定お願いします」
私がそう声を掛け、代金を差し出すと、
「あら、今日はもう帰っちゃうの?珍しいわね」
そういいながら、奥さんが私の差し出したお金を受け取ってくれる。
「…今日はこの後、行くところがあるんです。また食べに来ますね」
出来ればもう、ここで炎柱様と会いたくはないが、このお店の味も、音も大好きな私に、”もう来ない”という選択肢は用意できそうにない。
「そうなの?また来てね」
「はい。大将もご馳走様でした」
「悪いな!また来てな」
そう言いながら苦笑いを浮かべている大将は、きっと私が天ぷらを揚げる音が堪能できないが為に帰ることを察しているのだと思う。
最後にもう一度、ちらりと炎柱様の背中を盗み見る。
うるさいし、もうここでは絶対に会いたくないけど…大好きなこのお店の宣伝になっているのであれば…まぁ良いか。
そんなことを考えながら店の扉に手を掛け暖簾を潜り外へと出る。
扉が閉まると同時に聞こえてきた
”わっしょい!”
の声に、
「…やっぱり苦手」
そう一人呟き、家路へとついた。