第2章 脱兎の如く
私のどんぶりの残りがあと3口ほどになった頃、
「お待たせしました」
奥さんが、出来上がった大盛りの天丼1つ目を、私と同じ大将の天丼好きの人の席へと運んで行った。
大将が私の前に置いた時よりも、ほんのり低めの
ゴトリ
という音を立て奥さんの手によって天丼が置かれると、
「いただきます!」
と少々声は大きめではあるが、気持ちの良い挨拶が私の耳にも自然と届く。
きっと、礼儀正しい人なんだろうな。
そんな事を考えながら、ご飯一粒も残さず食べ終えた私が、”ごちそうさまでした”と言おうと口を開こうとしたその時、
「美味いっ!!!」
「…っ!?!?」
突然の大声に私は思わず
カシャン
と、お箸を床に落としてしまった。
なになに何なの!?
慌てて椅子から降り、お箸を拾いながら声のする方向をちらりと見た。
…っあの後ろ姿…炎柱様じゃない!!!!
私は、驚きのあまり、目がこぼれ落ちてしまうんじゃないか、と思うほどに目を見開いてしまう。
嘘やだ!炎柱様もここによく来るの!?
私はこっそりとすぐそこで天ぷらを揚げている大将に
「…あの大盛5杯の人、よくここに来るんですか?」
と、声を潜めながら聞いた(美味い美味いずっと言っているからきっと炎柱様の耳には私の声が届くことはないだろうが)。
「あの兄ちゃんかい?たまにフラッと立ち寄ってくれるんだよ。あの兄ちゃんの”美味い!”のお陰で、新しく出来た店に流れて行っちまった客を取り戻すことが出来てな。ちょいと騒がしいと言えば騒がしいが…感謝してるんだよ」
大将は満面の笑みを浮かべそう言った。
「…そう…なんですね」
この天ぷら屋さんの助けになってくれたことは、ここに足繁く通う私としては嬉しくもある。けれども、個人的には、あの大声で、食べている間中ずっと”美味い!””美味い!”と叫ばれ続けるのは非常に辛いものがあった。
せめて…もう少し…もう少し…静かに出来ないのかな。