第2章 脱兎の如く
「相変わらず好きだねぇ。俺も好きではあるが、そんないい顔して天ぷら揚げてる音を聞いてんのはお客さん位だよ」
「みんなこんな素敵な音に耳を傾けないなんてもったいないです。大将の天ぷらは味と食感はもちろんのこと、兎に角この音がよくって…定期的に聴きたくなっちゃうんですよね」
「よくわからねぇがうちの天ぷらが好きっていうことは伝わってるよ。はいよ、天丼お待ち」
ゴトリと音を立てて私の前に大盛りの天丼が置かれた。フワリと香る甘辛い食欲を誘う香りと、タレを吸い込んでいく衣のなんとも言えない音。私にとってここに天丼を食べに来ることは、最大の心の癒しであり、自分へのご褒美だ。
いつか、じいちゃんや善逸と一緒に来れたらいいな。
そんなことを考えながら
「いただきます」
と手を合わせ、まず大好きな海老天に齧り付いた。
サクッ
子気味のいい音が私の口内から発せられ、
「んぅぅぅん!美味しい!ほっぺが落ちてきそう!」
匂いと同じく甘辛いタレの味があっという間に口中に広がった。
「相変わらずいい顔で食ってくれるな。料理人冥利に尽きるよ」
美味しい天丼。心躍らされる音。可愛がってくれる少し小柄な大将。ここは、私の心を癒してくれる大切な場所だ。
なのに。なのにだ。
ガラリと店の扉が開き、
「いらっしゃい!お!お客さん久々だね!空いている席にどうぞ!」
普段とは違った声掛けをする大将に、
馴染みのお客さんでも来たのかな
そう思いながら天ぷらを咀嚼していると、
「うむ!なかなか来ることが出来ず残念に思っていた。今日はたまたま近くで用があり久しぶりに立ち寄ることができてよかった。天丼大盛り5人前頼む!」
と、そんな声が聞こえてきた。
あれ…なんか、この声、最近どこかで聴いたかも。
一瞬そんな考えが頭に浮かんだ。けれどもすぐに、私の思考は目の前の美味しい天ぷらに奪われてしまい、
大盛り5人前も食べるなんて、よっぽどここの天丼が好きなのね。私と一緒だ。
という、なんとも間の抜けた結論にしかたどり着くことが出来なかった。