第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
診察室の外に出た私はしばらく呆然とその場で立ち尽くしていた。
…左耳が…治らない…
頭の中で反芻したその事実に、私は絶望感を覚えた。
私が弱いなりに今の階級まで上がり、天元さんの継子としてやってこれたのは、この"聴ける耳"があったからだ。左耳が聞こえなくなって4日目が経ち、平衡感覚が狂って目眩を起こしたりすることもなくなり、"聴く耳"を使っても、以前と比べれば拾える音は減ってしまったが、全く聴けないということはなかった。
それでも、その状態で以前と同じように戦えるかと問われたら、その答えは
"否"
だ。
以前のように戦えず、弱くなってしまった私が、天元さんの継子としてそのままその場所にとどまっていいのか。その答えも
"否"
だと思った。
…私はもう…天元さんの継子でいるべきじゃないんだ…
そんな考えが頭をよぎり、サッと全身が冷たくなった。
…っそうだ!善逸に…善逸に相談してみよう…!
思いついたのは、私と同じく蝶屋敷で現在療養中の黄色い頭をした弟弟子のこと。
確か、前と同じ大部屋にいるって言ってたよね…?
私は小走りで善逸と炭治郎君、そして伊之助君が療養している部屋へと向かった。
角を曲がればもうすぐその部屋に着くところまで来たその時
「あ、鈴音さん」
「…なほちゃん」
水と手拭いが入った桶を持って角から曲がってきたのは、三つ編みおさげを左右に下げたなほちゃんだった。
なほちゃんの持っている桶は、使い終わったものだったらしく、僅かな血の匂いが香ってきた。
「こんにちは鈴音さん。調子はどうですか?」
「こんにちは。調子は…相変わらずってところかな」
本当は、"最悪"と言いたいところではあったが、まさかそれを言えるはずもない。それよりも、私はなほちゃんが持っている桶が何なのかが気になった。
「…なほちゃん…それって?」
私はなほちゃんが手に持っている桶を指差しながらそう尋ねた。