第10章 奏でて、戦いの音を
そんな善逸の様子に、私は我を取り戻した。
…私ったら…みんなの前で何を…!!
「…っ…あ…あの…善逸…これはね…!」
杏寿郎さんの背中から慌てて手を放し、その温かな腕の中から脱出をしようと試みるも、杏寿郎さんは全くその腕の力を緩める様子はない。それどころか、私の左肩に顔を埋めようにし、さらに密着してきていた。
「…っ杏寿郎さん!みんなが見ています!恥ずかしいから放してください!」
慌ててそう言うと、杏寿郎さんは私の肩に顔を埋めながら何かを言った。肩に感じる振動で、何かを言っていることは分かったのだが、左耳が聞こえていないため、その小さな声は右耳で聞き取ることが出来ない。
私は、いつもうるさいくらいの杏寿郎さんが、酷く小さな声で何かを言っている様子に、なんだかとても心配になった。
「杏寿郎さん?ごめんなさい。そっちの耳、やっぱり聞こえなくて…右耳の方で言うか、もしくはもう少し大きな声で言ってくれませんか?」
大きな背中をポンポンと優しく叩きながらそう言うと、杏寿郎さんはゆっくりとその顔を上げた。それと同時に、背中に回っていた腕も離れていき”あぁよかった”なんて安心していると
「…鈴音…」
「…っ!」
杏寿郎さんの大きな手のひらが、私の両頬を包み込む。
「…無事で良かった」
杏寿郎さんの口から紡がれたのはその一言だけだった。けれども私は、そのたった一言に、そこはかとない愛情を感じた。
「私も…同じ…気持ちです。無事でいてくれて…ありがとう」
私は再び杏寿郎さんの羽織を掴むと、自分が出来る精いっぱいの笑みを、私の顔をじっと見つめる杏寿郎さんへと向けた。