第10章 奏でて、戦いの音を
「…っ…!」
初めて向けられるその表情に、息をするのも忘れ黙り込んでしまう。
「宇髄も、我妻少年も、そして俺も、そんなにふらふらの君があの場にいると戦いに集中できない」
「…それは…」
杏寿郎さんの言っていることは最もだった。冷静に考えればすぐにわかるものの、感情に飲み込まれてしまった私は、自分の状態も把握せずただただ思いのままに動こうとしていた。こうして私が駄々を捏ね、杏寿郎さんを引き留めている間も、善逸、天元さん、炭治郎君、伊之助君は懸命に戦っているというのに。
…私は…なんて浅はかなんだろう
途端に自分が情けなくなり
「…ごめんなさい…」
杏寿郎さんの顔を見ることも出来ず、隊服のズボンをぎゅっと握ることしか出来ない。そんな私の頭に
ポンッ
杏寿郎さんはその大きな左手のひらを置いた。
「大切なものを守りたいと思えば思う程、人は冷静さを欠く」
「……」
その言葉に、私はただ黙り込むことしかできない。俯き、唇をぎゅっとかみしめていると”…だが”と小さくつぶやいた杏寿郎さんの言葉が右耳に届き、恐る恐る顔を上げる。
顔を上げた先には、先ほどの冷たい表情が嘘のように、柔らかな笑みを浮かべた杏寿郎さんがいた。
「守りたいものがあるからこそ、人は強くなれる。俺に君を守らせてくれ!かなり弱ってきてはいるがな!」
わははは
杏寿郎さんは、状況にそぐわない明るい笑い声を上げた後
「宇髄の奥方達!鈴音を頼んだ!」
そう言い残し、あっという間に戦いの場へと戻って行った。
「っ杏寿郎さん!」
自分の声が届かないとわかっていても、その名を呼ばずにはいられず、杏寿郎さんの姿が見えなくなってからもしばらくそこを見つめ続けた。
雛鶴さんまきをさん須磨さん、そして私も、誰も言葉を発することなく、遠くから聞こえてくる激しい戦いの音を黙って聞いていた…と、思っていたのだが
「…待って!待って!待ってください!」
須磨さんの興奮した声に、思わずそちらへと顔を向けてしまう。