第2章 脱兎の如く
紙を細長く折りたたみ、草履をはいて外にでると、「和っ!」ほんの少し大きな声を出し、いつもそばの木の上で待機している和を呼び寄せる。
音を聴き、和の羽音が聴こえるほうに体の向きを変え、肘を曲げ、二の腕をあげると バサッと羽音を立てながら和がそこに降り立った。
「じいちゃんのところに文を届けてほしいんだけど、頼める?」
私がその黒々とした可愛らしい瞳をのぞき込みながらそう尋ねると、
「行く行く!じいちゃんのところ行くぅ~!」
と首を上下に振りながら嬉しそうに答えた。
「…ずっと思ってたんだけど、あなた、私のことよりじいちゃんのことの方が好きでしょう?」
私のその問いに和は、ピタリとその動きを止めて
「…気のせい~鈴音の気のせい~」
といつもの少し外れた調子で答えた。
「…もう。わかりやすいんだから」
そう言いながらその右足に文を括り付け、
「よし!それじゃあよろしくね!」
そう声を掛けると
「行ってきま~す」
と、なんともこちらの気が抜けてしまうような言い方をして飛び去って行った。
どんどん小さくなっていく和を見送りながら
「私も…飛べたらいいのに」
そうすればじいちゃんの住むあの家に、すぐに帰ることが出来るから。
無意識にそんなことをつぶやいていた。
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翌日。
この日は久々の休暇。私は朝のんびりと朝食を取った後、いつも1人で稽古をしている山へと向かった。私にとって山での一人稽古はとても重要で、体力、体裁き向上はもちろん、様々な音がする山の中は、”聴きながらの呼吸”をする訓練としてはとても最適な環境だ。聴きながらの呼吸は、非常に集中力が必要で、あっという間に体力よりも精神力のほうを削られてしまう。じいちゃんのところにいた頃に比べると、実践の成果もあって、長持ちするようにはなった。
でも…まだまだ足りない。
この力は他人には真似のできない、私だけの特別なもの。何度も、こんなものない方がいいのに、とそう思ってきた。でも今は、この力で、たくさんの苦しめられている人を、同じように戦っている仲間を、助けられることが嬉しいと思える。そしてこの力を活かし、ものにすることが、大嫌いな父親への”復讐”になると、心のどこかで思っていた。