第10章 奏でて、戦いの音を
雛鶴さん、まきをさん、須磨さんを助けたい。
天元さんと3人をまた一緒にいさせてあげたい。
杏寿郎さんに怪我をして欲しくない。
ここまで書いた時
「ちょっと待て」
杏寿郎さんの声が背後から聞こえ
「なんですか?」
筆を持ったまま、再び杏寿郎さんの方へと振り向いた。
「鈴音。確かにこれらが君が今考えていることだと言うことは理解した。だがこれは全て人のことであり、"君がどうなりたいか"が一つも書かれていない」
「……そう…なんですけど…」
自分でも思っていたことを指摘され、言葉に詰まってしまう。
「君は、君自身はこれからどうなりたいんだ?」
杏寿郎さんは、私の顔を覗き込み、瞳の奥の奥までじっと覗き込むようにしながら尋ねてきた。
私がどうなりたいか
真っ先に浮かんできたのは
"杏寿郎さんの隣にずっといたい"
それだった。けれども、それを今ここで文字にすることはとても後ろめたさを感じた。その気持ちを隠す様に思わず杏寿郎さんからスッと目を逸らしてしまう。
「大丈夫だ。だれも君を責めたりしない。思った通りのことを書けばそれでいい」
杏寿郎さんはそう言いながら、私の右手に杏寿郎さんの大きなそれを重ねてくれる。
「……」
昔、じぃちゃんにも同じことを言われたことがあった。
"鈴音、お前は嫌なことは嫌と言えるようになっては来たが、自分がしたいと思うことを言わなすぎる。自分のしたいことを言ったとしても誰もお前を責めたりしない。"したい"と思う気持ちをもっと大切にするんじゃ"
…じぃちゃんに会いたい。あのダミ声で名前を呼んで欲しい
「……はい…」
杏寿郎さんならきっと、こんな私の稚拙とも言える願いも受け止めてくれるような、そんな気がした。
わずかに手を震わせながら、先程頭に思い浮かべたその願望を文字にしていく。
「…そうか。俺も同じ気持ちだ」
杏寿郎さんは、私の左こめかみに優しく口付けを落とした。
こうして、赤の他人に(こんな言い方をしたら杏寿郎さんは怒りそうだけど)自分がしたいと思うことを伝えたのはいつぶりだろうか。思い出すことすら出来なかった。