第10章 奏でて、戦いの音を
天元さんと雛鶴さん、まきをさん、須磨さんの幸せそうな姿をまた見たい。だってあの互いを愛し合い、想い合う姿を見ているだけで私も幸せになれるから。
杏寿郎さんが傷つくところは見たくない。だって杏寿郎さんが愛する、杏寿郎さんを愛する家族の元に返してあげたいから。
そのどちらも"私"が主体ではなかった。
「…私…っ…」
「ん、なんだ?ゆっくりでいい。話してみるといい」
「…っあの…」
言葉が上手く出てこない私の背中を、杏寿郎さんが優しく撫でてくれる。
「うむ。鈴音は今、大分混乱しているようだ。この部屋に紙と筆はあるか?」
杏寿郎さんはそう言いながら部屋の中をぐるりと見回した。
「…紙と筆…?確かそこの、杏寿郎さんの隣にある小さな引き出しの中に入っているみたいですけど」
「ここか?」
杏寿郎さんは私が指差した焦げ茶色の小さな引き出しを開けると
「あったな。どれ、ここに今鈴音が思っていることを書いてみるといい」
そう言って、私に向けてズイッと紙と筆を差し出してきた。
…どうして…そんなことをする必要があるんだろう…?
そう思ってしまった私は、差し出されたそれらをじっと見たまま固まってしまう。
杏寿郎さんはそんな私をじれったく思ったのか、スッと立ち上がり
「…ひゃっ…!」
徐に私を抱き上げると、部屋に備え付けてある小さな座卓の前に行き、器用なことに私を抱いたままその前に座った。そして、少し皺が寄ってしまった紙を座卓に置くと
「ほら、持ちなさい」
筆を私の手に握らせた。戸惑いながらもそれを受け取り、杏寿郎さんの方に振り向くと
「考えが纏まらない時は、こうして文字に起こしてみるといい。散らばっている思考を視覚化することで、落ち着いてそれらを見ることが出来るはずだ」
「…そう…なんですか?」
だから紙と筆っていうわけね…
少し考えた後、私は杏寿郎さんの助言通り、今自分が思っていることを書き出した。