第10章 奏でて、戦いの音を
女将の待つ部屋に入るや否や
「…すみません…今日はなんだか…お腹が痛くて…ちょっとめまいもして…。上手く…お箏も弾けそうにないんです…。お客様にも…大した御奉仕も出来そうにないので…申し訳ないんですが、今日は部屋で休ませてください…」
のろのろと座卓で作業をしている女将さんに近づきながらそう言うも
「そうかぁい…でもねぇ、昨日の、あの大層羽振りがいいお客が、またあんたを買いたいって来てるんだよねぇ」
抑えきれていない笑みをうっすらと浮かべながら、女将さんは算盤をパチパチと弾き続けている。
…杏寿郎さん、もう来てるんだ。昨日よりも早いじゃない
昨日と同じくらいの時間に来ると踏んでいたが、私の予想はものの見事に外れてしまったようだ。
「もちろんさ、具合も悪いって聞いてたし一度は断ったんだよ?でもねぇ…"昨日の倍出す"、"ただ同じ部屋に居てくれるだけでいい"なんて言われたら…断れるはずがないだろう?」
女将さんは我慢するのを辞め、満面の笑みを私へと向けてきた。その笑みに若干の苛立ちを覚えたのは仕方のない事だ。
「珍しい客だよねぇ?あんたの何処をそんなに気に入ってくれたのか私にはいまいちわからないけど…頼んだからね!」
そんなの私自身が1番疑問に思ってるよ
なんて事を内心思いながら
「…わかりました」
と、答えるしかなかった。
上等な服に着替えさせられ、昨日…正確に言うと今朝まで杏寿郎さんと共に過ごしていた部屋に再び連れて行かれてしまった。
襖を開けた先にいたのはもちろん
「今日も今日とて美しいな」
ニコリと微笑み私を見つめる杏寿郎さんだ。
「…こんにちは」
杏寿郎さんが私を連れ帰る為にここに来たことは既にわかっていたので、自然と棘のある挨拶になってしまう。
「ここに座るといい」
杏寿郎さんはそう言って、自身の隣をポンポンと叩いた。けれども当然、私はそんな気分にはなれない。
杏寿郎さんの要求を無視し、杏寿郎さんから少し距離を取った正面に正座をする。