第10章 奏でて、戦いの音を
「それにしても、ビックリしました。私はてっきり…別のお客が私を買ったものだと…」
「うむ。危ないところではあったな」
そう言いながら杏寿郎さんは徐に立ち上がり、私の背後に回り込んだ。そしてそのままその長い腕をグッと私の身体に回し、温かなそこに閉じ込められる。
「俺がここに来た時、ちょうど鈴音を買いたいと言っている男がいた。だから女将に倍の金額を出すから俺に買わせてほしいと言って横入りをした!」
「っそんなことが…」
…もし杏寿郎さんが来てくれていなかったら…私はきっと…
その先のことを考えるのは怖すぎて、頭を左右に振りやめた。
「俺がここへ来るのがもう少し遅かったらと思うと…背筋が凍る思いだ」
杏寿郎さんはそう言いながら、私を抱く腕の力をぎゅっと強くした。
私は身体を無理矢理を捻り、杏寿郎さんの方に振り返ると
「…守ってくれて…ありがとう」
そう言いながらその頬に
ちゅっ
と、軽い口付けを落とした。
杏寿郎さんはそんな私の行動が余程意外だったのか、ただでさえ大きなその右目を更に大きく見開いた。そらからスッと優しげにそれを細めると
「口にしてはくれないのか?」
私に囁いかけるようにそう言った。
「…する」
私の返事に、杏寿郎さんの腕の力が少し緩んだ。身体の向きをグルリと杏寿郎さんの方へと向け、その逞しい首に両腕を絡め、
ちぅ
先程頬に落とした口付けよりも、濃い口付けを落とした。こっそりと目を開け、杏寿郎さんの様子を伺うと、あの燃えるような瞳はしっかりと閉じられ、代わりに驚くほど長くて綺麗なまつ毛が見えた。
私のまつ毛より長いじゃない
若干の嫉妬心を抱きつつ、私は杏寿郎さんの唇の感触を堪能する。
程なくし
ちゅっ
と、音を立てて唇を離した。そして杏寿郎さんの首に腕を回したまま
「…凄く名残惜しいし…お金を払って時間を買ってもらったのに悪いんですけど…調査に行ってきても…いいですか?」
もごもごとそう尋ねた。
杏寿郎さんと一緒にいたくないわけじゃない。けれども、折角この時間に身動きが取れるようになったのだ。この機を逃すわけにはいかない。