第10章 奏でて、戦いの音を
夜になり"面倒臭い"なんて思いながら宴会場に向かおうとしたその時
「鈴音ちゃん、女将さんが部屋まで来いだってぇ!」
いつも私の隣で三味線弾いている女の子が、大層慌てた様子で私の元へと駆けてきた。その様子に、なんだかとても嫌な予感がした。
「…でも、もう宴会の準備をしないといけないし…」
「私もそう言ったんだけど…もしかして、座敷にあがれとか言われるんじゃない?」
「…っ!」
その言葉に息をするのも一瞬忘れてしまう。
「…そんなこと…ないと…」
そう思いたかった。けれども、実は思い当たる節がある。昨夜の宴会で、1人の客が私を食い入るように見ていた。
「たまにいるのよねー。お金を多めに出すから座敷によこせっていう強引な客」
長く潜入することになれば、そういったことも起こるかもしれないと思ってはいた。でもまさか、こんなにも早く訪れるとは予想外だった。
「…わかった。教えてくれてありがとう」
「嫌な客じゃないといいねぇ」
そう言って三味線を片手に持った同僚は、私の横をすり抜け、宴会場へと向かっていった。その後ろ姿を見送りながら
覚悟を…決めなくちゃ…
最後に見送ってくれた、杏寿郎さんの姿を思い浮かべながら、重い足を引きずり女将さんの元へと向かった。
「肩にひどい傷があるって言ったんだけどねぇ。仕込んでないから大したもてなしも出来ないって言ったんだけどねぇ。どうしてもって諦めてくれなくてさぁ」
言い訳がましくそう言う女将さんの顔は、完全に緩み切っており、かなりの額を注ぎ込まれたんじゃないかと言うことが窺い知れた。
…私なんかにお金を注ぎ込むなんて…趣味の悪い男
「…失礼がないよう努力はしますが…私、お箏以外は本当に役に立ちませんので。後でなにか言われても…責任は取れませんよ?」
「いいのいいの!代金はもうたんまり前払いでもらってるんだから!後で返せなんて言ってこないさ。そんなことよりも、お客さんがお待ちだ!さっさと座敷に行って来な!」