第9章 燃やして欲しい、私の全て※
「おいおい。こちとら嫁が心配で堪んねぇっつうのに、人様の邸でいちゃこくんじゃねぇよ」
「…っ!」
背後から聞こえてきたこの邸の主人の声に、私は慌てて杏寿郎さんから離れようと試みた…のだが。
「宇髄。息災か?」
「俺はな。お前は?相変わらずか?」
「うむ!この視界にも、制限された呼吸にもすっかり慣れた!今度手合わせを願いたい!」
「…っ杏…炎柱様!離してください!」
私を腕に抱いたまま、当たり前のように会話を続ける杏寿郎さんの腕からもがき出ようとするも、残念ながらちっとも抜け出せる様子はない。
「炎柱様ではない!杏寿郎だ!」
…っわかってる!わかってるけど!…天元さんの前でそんな…恥ずかしくて"杏寿郎さん"なんて呼べるわけないじゃない…察してよ!
そんなことを考えながらチラリと天元さんの方に視線をやると、ニヤニヤと、それはもう腹立たしいほどにニヤニヤとした笑みを浮かべながら私の事を見ていた。
「…っ…なんです!?笑いたいなら…もっとちゃんと笑えばいいじゃないですか!」
「む?なんだ?何かおかしなことでもあるのか?」
「もう!杏寿郎さんは黙ってて下さい!…っ!!!」
言い終わってから急いで口を塞いでも後の祭りというもので
「へぇ…"杏寿郎さん"、ねぇ」
天元さんは顎に手を当て、その腹立たしい笑みをさらに深めながらそう言った。その顔を見るまいと、明後日の方向を向きながら口を尖らせていると
「お前のそんな姿、あいつらが見たら大喜びだわ」
天元さんはそう言った。その言葉につられて、パッと逸らしていた顔を天元さんの方に向けると
「…っ…!」
先程までの腹立たしい笑みが嘘のように、切なげな笑みを浮かべ私と杏寿郎さんのことを見ていた。
「…天元さん…」
呟くような声で私がその名を呼ぶと
「…煉獄!お前のなりたてほやほやの女!ちっとばかり借りるぜ!」
天元さんは今度は私にではなく、私の斜め上にある杏寿郎さんに向けそう言った。