第2章 脱兎の如く
”目上の人には礼儀正しく”
それも女将さんからの大事な教えだ。それを破ることはしたくない。
「…あの、でも私…雷の呼吸の使い手ですし、恐らく炎柱様とは戦い方とかも全然違いますし…」
それっぽい言い訳を何とか絞り出すも
「先ほども言った通りそこに関しては何の心配もいらない!基本はみな一緒!俺の稽古は厳しいが必ず君の力になる!」
「……」
もうこの人嫌!全っ然折れてくれない!私なんかに構わないでよ!
苛立ちがどんどん募っていき、作り笑いを張り付けているのも苦しくなり、
結構です!有難迷惑なんです!
という私の本音が、今にも口から出てしまいそうだった。
けれどもその時、
「杏寿郎様!見回りの続きをぉ!」
炎柱様の鎹鴉と思われる一羽の鴉が、私の目の前にある炎柱様の左肩へと降り立った。
「む。そういえば見回りの最中だったな。わかった!すぐに行こう!」
目の前で行われたそのやり取りに、心の中で”やった!”と拳を握り、
「救援を聞きつけて来てくださったんですよね?こちらはもうなんの心配もございませんので、どうぞ行ってください」
と満面の笑みを炎柱様に向けながら言った。
「…仕方ない!話の続きはまた今度にしよう」
そういいながら身を翻し、飛び去っていく鴉を追おうと脚に力を込めた炎柱様の姿にホッと肩をなでおろす。
良かった。やっと、解放された。
そう思っていたのに、炎柱様がグリンとこちらに顔だけ振り向き
「名を聞くのをすっかり忘れていた!俺の名は煉獄杏寿郎!君の名はなんだ?」
私の名を尋ねてくるではないか。
答えたくないな。
それが私の正直な気持である。けれども先ほども述べた通り、炎柱様は私の上官であり、隊士の中で最も位の高いお方だ。本来であれば、先に名乗られてしまうこと事態良いこととは言えない。
「名乗るのが遅くなり申し訳ございません。私は階級”辛”、荒山鈴音と申します。以後お見知りおきを」
本当は、私のことなんて綺麗さっぱり忘れてほしいけど。
「荒山か!覚えておこう!」
結構です。忘れてください。
「稽古をつけて欲しくなったらいつでも俺のもとに鴉を飛ばしてくれ!ではまた!」