第9章 燃やして欲しい、私の全て※
「鈴音。君は思慮深く頭がいい。そんな君を心より尊敬している。だがその反面、考えすぎる面があるようだ。まだ起こっていないこと、起こるかすらもわからないことを憂い、二の足を踏むことはあまりいいこととは言えない」
杏寿郎さんは私の背中を拭き終えたのか、使っていた手ぬぐいを横に置き、私の身体を背後からぎゅっと抱きしめてくれる。
「余計なことは気にせず、今は俺のことだけ…俺の君を想う気持ちだけを考えてほしい」
胸に、心に、私の全部に優しく響き渡るようなその声に
「………はい…」
恐怖の気持ちはフッとどこかへと消えてしまった。
そそくさと蕎麦屋を後にし(そそくさとしていたのは私だけで、杏寿郎さんは全くと言っていいほど店主の目を気にしていなかった)、そのまま杏寿郎さんに長家まで送り届けてもらってしまった。
「…送ってくれてありがとうございます」
「大事な恋人を無事家まで送り届けたまで…礼を言われるほどの事じゃない」
「…っ…そう…ですか…」
愛おし気に目を細め、私を見下ろす杏寿郎さんに
…だめだ…すっごく好き…
私の心は喜びで満ち溢れていた。
それでも。
「…杏寿郎さんと恋仲にはなりました…それでも…遊郭には絶対に行きます…」
歪なきっかけとは言え、こうして恋仲になれた杏寿郎さんを裏切るような事はもちろんしたくはない。けれども、それとこれとは別だ。
「雛鶴さんまきをさん須磨さんは…私にとってとても大切な人たちなんです」
私にとって3人は"師範の奥様達"ではない。"姉"のような"友"のような、大切でかけがえのない存在だ。だから絶対に、連絡のつかなくなった3人を放っておくことなど出来ない。
かといえ、杏寿郎さんに対して申し訳ないと思う気持ちがないわけではなかった。