第1章 始まりの雷鳴
「大丈夫か?」
化け物から、突如聞こえてきたしわがれた声のする方に視線を移すと、刀を持った鱗文模様の羽織を着た老人の姿がそこにあった。
いつからそこにいたのか、化け物に何をしたのか、先ほど雷鳴は何か、聞きたいことはたくさんあったが、驚きのあまりなにも言葉を発することが出来ず、私はただパクパクと魚のように口を動かすことしか出来ずにいた。
「酷いありさまだなぁ…遅くなってすまんかった」
そう言いながら老人は声を落とし、申し訳なさそうな様子でそう言った。
「お前さんはここの娘か?」
「…いいえ。私はただの奉公人で…外出から戻ってきたら…家から嫌な音が聴こえて…部屋に入ったら…そいつがいて…もうみんな死んでいて…」
すぐ傍で首から上になったにも関わらず、未だにギャーギャーと何かを言っている化け物を完全に無視し、私と老人は話を続ける。
「家族ではないけど…とてもお世話に…なっていて…私をかわいがってくれていて…」
仕事の覚えが早くて丁寧だとたくさん褒めてくれた。空いた時間に女将さんの趣味であるお箏や舞も教えてくれた。ずっとここにいてほしいとそう言ってくれていた。女で一つでこの店を切り盛りしていた、密かに憧れを抱いていた女将さんはもういない。
「…っ!」
その事実にようやくたどり着いた私の目の奥から、信じられないほどの速度で涙がせり上がり、胸はつぶれてしまいそうなほど苦しくなる。
「…私…また……っ…」
女将さんは…私を必要としてくれた人は…もう誰もいない。やっと見つけた…居場所だったのに…。
「…っなくなっちゃった…っ!」
ボロボロと泣く私に
「行く当てはあるのか?」
鱗文模様の羽織が近づく。
フルフルと首を左右に振り、否定の意を表すと
「…お前さんさえ良ければ…わしと来るか?」
見知らぬ老人からの思ってもみない提案に、パッとその顔を見る。
「汚い家だ。お前さんのような年頃の娘が暮らすような場所ではないが「行きます」」
この老人が一体何者なのかはわからない。唯一わかることは、"普通の老人"ではないと言うことくらい。それでも、その提案を断るなんて選択肢は私にはなかった。それに何故か、
この人についていけば何かが変わるかもしれない
私には、そんな予感がしてならなかった。