第9章 燃やして欲しい、私の全て※
「…はい…」
ぎゅっと正座の上に置いた拳を握りしめ、胡坐をかいて座っている天元さんの目をじっと見ながら返事をする。
「今日から2日後。こいつらには遊女として、遊郭への潜入任務にあたってもらう」
「…っ……はい」
言われる言葉はわかっていたはずなのに、実際にその言葉達を耳にした途端、この音柱邸に来てから雛鶴さんまきをさん須磨さんと過ごしてきた記憶がブワリと頭の中に甦り、すぐに返事をすることが出来なかった。
「俺が客としてあれだけ通いつめても碌な情報が得られなかった。こうなった以上、こいつらに内部から探ってもらう他手立てはねぇ。2日後の昼過ぎ、俺はこいつらと一緒に遊郭に出発する。そうすればこいつら3人、任務を遂行するまでここに戻ってくることは出来ねぇ」
「……はい…」
「そうなると必然的に、この家には俺とお前の二人きりだ。お前とこの俺がどうこうなるなんざ、お天道様がひっくり返ったとしてもありえねぇ。そして俺は、お前がここに残ろうが、出て行こうが稽古さえちゃんとしに来ればどっちでも構わねぇ。だからこれからどうするか、お前が決めろ。荒山、…お前はどうしたい」
天元さんのその言葉に、雛鶴さんまきをさん須磨さんが私に向け心配するような視線を寄越してくれる。
…雛鶴さん、まきをさん、須磨さんのいない音柱邸…
そこで毎日を過ごす自分を想像してみた。
雛鶴さんのいない台所。
まきをさんと須磨さんの言い争う声が聴こえない居間。
…そんな場所に居たくない
そう思ってしまった。
雛鶴さんまきをさん須磨さんは、任務の為、天元さんの為とあらば、遊郭だろうがどこだろうが躊躇なく行くのだろう。それでもその中に寂しさがないわけではないし、訓練を受けたくノ一だからと言って、天元さんじゃない他の誰かにその身を捧げることになんの抵抗もないわけじゃないはず。
そんな感情に目を瞑り、任務へを赴く3人を差し置いて、私がこの家におめおめと身を置き続けることなんて出来るはずがない。