第8章 響かせろ、もっと遠くまで
そんな素敵な音を聴くのも、これで最後。
「…音が…持ち帰れればいいのに…あ、でもやっぱり素敵な音は直接聞かなかとなぁ」
そんな事を言いながら音に耳を澄ませる私を気にする様子もなく、鉄穴森さんは
ジャコッジャコッジャコッ
一心不乱に刀を研いでいた。
素敵な音を堪能し、幸せを噛み締めていたその時
「うぉぉぉおい!お前かぁ!お前だなぁぁあ!?」
「…っ!?」
突然工房に響いた男の怒鳴り声で、私の肩が大きく上下する。何事かと思い声のした方へ視線を向けると、頭に手拭いを巻いた刀鍛冶の男がこちらにものすごい勢いで迫ってくるのが見えた。
…っえ!?何あの人…なんかこっち来る…お前って…私のこと!?
あまりのその勢いに、思わず後退りしたくなったものの、元々部屋の角あたりにいた私はそれ以上後退することもできず、ただ身を縮こませることしかでない。
そんな事をしている間にも、顔まわりに手拭いを巻いた刀鍛冶が、私との距離をどんどん詰めてくる。それに連動するように、先程まではたくさんの音が聴こえていたはずが、自分の心臓が奏でる嫌な音でかき消され、周りの音が聴こえなくなっていく。
「お前かぁ!?お前だろぉぉぉお!?」
「…っ!」
そう言って息を荒くしながら近づいてくる男の姿と
"お前か!?お前だろぉ!?"
私の目の前で母に詰め寄っていったあの男の姿が重なり
…っどうしよう…怖い…
逃げなきゃと思いながらも、私の足は地面に根でも生やしてしまったかのように動いてはくれない。
すぐそばにいた鉄穴森さんが"鋼鐵塚さん!?どうしたんです!?"と言いながら大層慌てた様子で、その男が私に近づこうとするのを止めに入ろうとしたのが見える。けれども、鉄穴森さんよりもその男の力の方が上回っていたようで、その男と私の距離がどんどんつまっていく。
目をつぶり
…っ…怖くない!怖くなんか…ない!
そう自分に言い聞かせるように心の中で唱えた後、私は目を開こうとした。
その一瞬の間に
ザッ
突然私の前に現れた予期せぬ気配に、私の心は、途端に落ち着きを取り戻し始める。