第8章 響かせろ、もっと遠くまで
「お久しぶりです鉄穴森さん」
「お久しぶりです。お元気でしたでしょうか?」
「はい。なんとかやっています」
音の主は、私の元担当刀鍛冶である鉄穴森さんだった。
「それはよかったです」
鉄穴森さんはそう言いながら手にしていた日輪刀を紙で拭い、隣にある低めの台に丁寧に置いた。
「それはそうと、荒山さんはここで一体何を?」
鉄穴森さんは首を僅かに傾げ私にそう尋ねてきた。ひょっとこのお面の奥の顔を見ることはできないが、おそらくその顔は驚きを含んでいるに違いない。
「…あの…実は…刀を研ぐ音に誘われて…勝手に入ってきてしまいました」
自らの欲望に従いこんなところまで来てしまったが、よくよく考えると人様の仕事場に無断で侵入し、音を聴くという行為はあまり良いことだとは言えない。
「…お仕事のお邪魔をしてすみません!」
自分の取った行動が急に不安になり、私は太ももにおでこがついてしまう程の勢いで鉄穴森さんに向け頭を下げた。
「何をそんな謝る必要があるんです?今の今まで荒山さんがいるのに気が付かなかった程です。邪魔などということはありません。流石、元忍である音柱様の継子ですね」
そう言った鉄穴森さんの声は、とても穏やかなもので、その声色から私に気を遣ってそう言っているわけではないことを窺い知れた。
ホッと息を吐いき、深く下げていた頭を持ち上げると、鉄穴森さんと視線が(厳密に言えばお面に描かれた目と視線が合っているような気がするだけなので、本当に合っているのかどうかは不明だ)合う。落ち着きを取り戻した私は、鉄穴森さんと目が合ったことで、大切なことを思い出す。
っあの、鉄穴森さん」
「なんでしょう?」
「…ご存知かと思われますが、私は今回、鉄珍様に打ち直してもらっている日輪刀を受け取りにここまで来ました。せっかく私の為に玉鋼から刀を打っていただいたのに…その時間を無駄にするようなことをしてしまいすみません」
そう言いながら私は再び鉄穴森さんに頭を下げた。