第8章 響かせろ、もっと遠くまで
大きな声で否定してしまったことに内心焦っていると
「確かに今は違うな」
炎柱様は私と相反する落ち着いた口調でそう言った。大将と並ぶように立っていた女将さんから再び炎柱様の方へと視線を向け、その顔を恐る恐る見る。目と目が合うと炎柱様は
「だが俺は必ず荒山の固く閉ざした心をこじ開けてみせる。いつまで片意地を張り続けることができるか…見ものだな」
そう言って、ただでさえ強い目力をさらに強くし、挑戦的な笑みを浮かべた。
…やっぱり…来るんじゃなかった
そう思ったのは、もう自分の気持ちに歯止めがかからなくなっているのを思い知らされる程に胸が大きく高鳴ってしまっていたからだ。
「…湯気でも出そうなくらいお熱いわねぇ」
「…男の俺まで惚れちまいそうだ」
「まだまだこれからだ!覚悟しておくといい!」
はっはっはっは!
「…っ無理です…!」
蚊の鳴くようにつぶやいた私の言葉は、炎柱様の高笑いで見事かき消されていたに違いない。
その後程なくして大好きな大将の天丼が私の前に運ばれてきたが、口に入れても味なんてほとんどわからなかった。更には、炎柱様の2杯目の天丼用にと揚げられる天婦羅の音もほとんど聴こえない程に、私の胸は大きな音を立て騒ぎ続けていた。
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その後、断っても断っても断っても断っても
”音柱邸まで送る!”
と言って聞かない炎柱様に押し負け音柱邸の側まで送ってもらい、ようやく炎柱様との2回目の食事を終えることが出来た。
「送っていただきありがとうございました」
お手本のような定型文のお礼を述べると
「次はいつ会えるだろうか?」
私のお礼に対する返答としては全くもってふさわしくない言葉が返ってくる。
…やっぱり…そう聞かれると思っていました!
いささか自惚れた考えではあるが、今までの経験上、下手な言い訳をしても、炎柱様はあの手この手を使って時間を作り私に会い来ようとするに違いない。