第8章 響かせろ、もっと遠くまで
私個人の意見としては、そもそも内臓に相当な負傷を負った人間が、いくら主治医の許可を得たからと言い天麩羅というなんとも消化に良くなさそうな食べ物を選ぶこと自体が不思議でならない。
「杏寿郎君、たった2杯で良いの?」
「うむ!徐々に食べる量を増やしていく予定だ!」
炎柱様は女将さんとそんな会話を交わしながらさっさとカウンター席に移動してしまう。
そんな2人の様子をぼんやりとみていると
「何をしている?大将が天婦羅を揚げ始めてしまうぞ!」
そう言いながら炎柱様は私の方へと振り返り、カウンターの一番端の椅子を引き、私に座るよう促した。
その行動に、私は慌てて炎柱様の方へと駆け寄り、炎柱様が引いてくれた椅子の前で立ち止まる。
「…カウンター席、炎柱…っ煉獄さんには狭くないですか?」
どうにも癖で炎柱様と呼んでしまい、私は再度呼び方を炎柱様から煉獄さんへと訂正した。
「確かにテーブル席と比べれば少し狭くはあるが、その分荒山との距離が近くなるからな!俺は全くもって気にならない!そしてできれば煉獄さんではなく杏寿郎と呼んでほしい!」
炎柱様はいつもの表情で、いつもの声色で、なんの恥ずかしげもなくそう言った。
「…っだから!そういう台詞を、人前で、平気な顔で言うのはやめてください!」
炎柱様は全くもって気にしていないのだろうが、私は前方にいる大将と背後にいる女将さん(特に女将さん)から注がれる、なんとも温かな視線が恥ずかしくてたまらない。
「わはは!すまない!久々の外出、しかもそれが意中の相手と一緒故、柄にもなくはしゃいでしまっているようだ!多めに見て欲しい!」
「…っ…!」
だからそういうところです!
と、言いたいところではあったが、はっきりと”意中の相手”と言われてしまった恥ずかしさと嬉しさに耐えるように、ただ黙り込むことしか出来なかった。