第8章 響かせろ、もっと遠くまで
「荒山はいつもあちらに座るのか?」
大将と私のやり取りに、炎柱様は僅かに首を傾げ、カウンター席の方に視線を向けながらそう尋ねてきた。
「…はい…来るときはいつも一人ですので…大抵はあそこの席でゆっくりと食べさせてもらっています…」
”あの席が大将が天婦羅を揚げる音を聴く特等席なんです”
という理由は決して口にするまいと、言葉を選びながらそう答えたのにも関わらず
「天婦羅を揚げる音が聞きたいからカウンター席が良いなんて、最初聞いた時は思わず笑っちまったよ!そんな変わったことをいう娘さん、何年も天婦羅揚げるのを生業にしてるがぁ初めて会った!」
はっはっは!
そう言って珍しく大笑いをしている大将が、それはもう楽しげに天婦羅を揚げる準備を進めていく。
ボッと頬が急激に熱を帯び
何余計な事言ってくれちゃってるのぉぉぉお!?
心の中でそう叫びながら大将に向け熱い視線を送るも、天婦羅を揚げる準備で忙しいのか、大将はその視線に気が付く様子は全くと言っていいほどにない。そして私が大将に送っているその視線に負けず劣らず熱い視線を斜め上から感じ、恐る恐るそちらをチラリと見る。すると、炎柱様の視線と私の視線がパチリと合ってしまった。
私と目があった炎柱様は
「あちらの席にしよう!荒山が聞きたいというその音を、俺もしっかりと聞いてみたい!」
そう言いながらカウンター席の方へと身体の向きを変えた。
「女将さん!席をあちらに移動してもいいだろうか?」
「ええ。もちろん構いませんよ。まだ他のお客さんも来ていないし。でもカウンター席だといつもみたいにたくさん丼を置けないんだけど…大丈夫かしら?」
「うむ!外食の許可はおりたが、まだ量は控えるようにと言われてしまっていてな!今日は食べても2杯にとどめておくつもりだ」
「…2杯…食べるんですか?」
「うむ!」
「…大丈夫…なんですか?」
「問題ない!」
「…そうですか…」