第8章 響かせろ、もっと遠くまで
「失礼する!」
「…お邪魔します」
ご飯を食べるためお店に来たのだから、”お邪魔します”なんていうのもおかしな話だ。けれども、そんな経験は一度たりともないというのに、女将さんのその対応に、まるで母親に”おかえりなさいと迎え入れてもらったようなそんな錯覚に陥る。その幸せな錯覚は、炎柱様に与えられる心が沸き立つような熱さとは違った優しい暖かさで、私の心を穏やかに熱くした。
炎柱様に続き店内に足を踏み入れると
「いらっしゃい。…っ杏寿郎君じゃないか!最近ちっとも顔出さないから心配してたんだ!元気だったかい?…って…あれ…鈴音ちゃんじゃないかっ!いつもと全然感じが違うからわかんなかったよ!」
先ほど外で女将さんと交わしたやり取りとほぼ同じ内容のそれを大将ともすることとなり
もういいから早く天婦羅食べさせてぇ!
心の中でそう叫び、熱を冷ます暇もない頬を髪の毛で隠すように俯く他なかった。
気恥ずかしくてたまらないやり取りを終え、一緒に来たのだから別々の席に座るのもおかしいと思い、炎柱様が腰かけたテーブル席の正面の椅子に手を掛けた。すると、
「あれ?鈴音ちゃん。そっちでいいの?」
私がいつも座っているカウンターの向こう側から、首を傾げた大将にそう尋ねられる。
「はい。今日は…炎柱…じゃなくて、煉獄さんも一緒ですので…」
本当は、折角このお店に来たのだから、いつものあの特等席に座りたい。けれども、まさか炎柱様に
”天婦羅を揚げる音を堪能したいのでカウンター席に座らせてください”
などと恥ずかしいことが言えるはずもない。それに、前回偶々炎柱様とこのお店で居合わせた際のあの”美味い!”の騒々しさを思い出せば、どちらにしろ聞こえないと諦めていた。