第8章 響かせろ、もっと遠くまで
「大将の揚げる天婦羅の音って、信じられないくらい素敵なんです!かじった時のあの音も、他のお店とは全然違うんです!もちろん味も最高ですが、炎柱様もぜひその音を聴いて……」
私が喋れば喋るほど、炎柱様の表情は困惑したそれから楽しそうな笑顔に変わって行き
…私…今…何を言って…
自分が口走っていた言葉の恥ずかしさにようやく気が付いた私は、全てを言いえる前にムッと口を閉じる。炎柱様はそんな私の様子を、それはもう誰もがときめいてしまいそうなほどの優しい笑顔で見ていた。
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿私の馬鹿ぁぁぁ!
穴が合ったら今すぐ入りたい!
いやむしろ埋めて欲しい!
首から上がどうしようもなく熱くなり、ただ視線を右往左往させることしか出来ない。視線以外の動きだけでなく、思考回路も停止してしまっている私の左頬に
スッ
炎柱様の右手が触れ
「もっと荒山の色んな表情を見せて欲しい」
「…っ…!」
頬に触れたその手のぬくもりに、私を見つめる熱の籠った瞳に、醸し出される甘い雰囲気に、奥底に埋めようとしている恋心がいとも簡単に引き上げられていく。
完全に雰囲気にのまれてしまった私は、まるで猛禽類に狙いを定められた獲物のように身動きがとれなくなり、キュッと上下の唇を合わせ、その燃えるような瞳をぼんやりと見返すことしか出来ない。
そんなことを店の暖簾の下でやっていると、ガラリと音を立て、炎柱様も私も触れていない筈の店の扉が勝手に開いた。すると、
「やっぱり!…聞き覚えのある声がすると思ったんだよ!随分久しぶりねぇ!元気だったかい?」
私もよく知った店の女将さんが、開いた扉の向こう側から顔を出し、炎柱様の方へ嬉しそうに笑顔を浮かべながら近づいてきた。炎柱様は私の頬に触れていた手をパッと離し、私に向けていた視線を女将さんの方へと向ける。