第8章 響かせろ、もっと遠くまで
「己のふがいなさに心かき乱された時も、荒山の事を思い出すと心が落ち着いた。現状の自分の力に向き合うことが出来たのも荒山のお陰だ!だから食事に行こう!俺はもっと君と時間を過ごしたい!」
「…っ…」
炎柱様に好意を抱いてしまっている私が、そんな言葉を掛けられて、笑顔を向けられて、断ることなんて出来るはずもなく
「…わかりました…」
「本当か!?」
「でも…今回限りです」
「……わかった!」
「なんです…その間は」
「間など空いていない!」
結局首を縦に振ってしまうのだった。
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「ここだ!」
…やっぱり…私がよく来るお店だ!
店のある町の名前を聞いて、以前に1度炎柱様と居合わせたこともあり、なんとなく目的のお店はここなんじゃないかと思っていた。
「っ私このお店大好きなんです!」
音柱邸への引っ越しやら訓練やら任務やらで長らく来ることが出来ていなかったこのお店。雛鶴さんがたまに天婦羅を揚げてくれることはあったが、やはり私の求める音とは少し違い
大将の揚げる天婦羅の音が聴きたいなぁ
そう思っていたのだ。
「そうか!よもや荒山も知っている店だったとは!ここにはよく来るのか?」
「よく来る…というほどではないですが、近場に来たら大体寄らせてもらっています」
「むぅ…ならば他の店にするか」
炎柱様のその言葉に、私はお店に向けていた視線を斜め右上にある炎柱様の顔へと慌てて向ける。顎に手を当て、僅かに視線を下げている炎柱様は、おそらくここからいける他の店がないかを考えているに違いない。
「…っここで良いです!むしろここが良いんです!」
炎柱様は、私のその言葉に下げていた視線を上げ、私の目と炎柱様の隻眼がパッと合う。その目は、急に興奮しだした私の様子に困惑しているようにも見えたが、完全に私の耳は大将の揚げる天婦羅の音を欲しており、何とか炎柱様の気持ちをこの店に戻そうと必死だった。