第8章 響かせろ、もっと遠くまで
…訓練の最中は少しもそんな雰囲気出してこなかったくせに…急にそんな風にされたら…心が追い付かないよ…!
動くことも視線を逸らすことも出来ない私と拳一つ分の距離感を保ち
「で!どこに行きたい?もし希望がないのであれば、俺お勧めの美味い天婦羅を揚げてくれる店に行こう!荒山は天婦羅が好きだと宇髄から聞いている!」
お得意のマイペースでどんどん話を進めていく。
「…っ…行くとは…一言も言ってません…!それより…もう少し…離れてください…」
…っ近い!近いんだってば…お願いだからもっと離れてよぉ!
ドキドキと心臓が、普段とは違う甘く締め付けられるような音を立て、思考もいつも通りに働いてくれない。
まともに言葉を返すことも出来ないでいると
「着替えは持ってきているか?俺は弟が持ってきてくれた着流しがあるが、俺が着流しで荒山が隊服というのは格好がつかない!蝶屋敷で何か借りれないか聞いて来よう!待っていてくれ!」
炎柱様の中で私とこれから食事に行くという事はすでに決定事項となってしまっているようで、この不毛なやり取りが始まると同時にニコニコと鍛錬場を去って行った胡蝶様を追いかけるように鍛錬場の出入り口へと歩いて行ってしまう。
このまま流されれば炎柱様と二人で食事に…
"行きたい"、と思ってしまっている自分がいた。
…だめ!一度行ってしまったら…また次また次って…止められなくなっちゃう!…きちんと断らなきゃ!
慌てて立ち上がり
「炎柱様!待ってください!」
そう声を掛けながらその大きな背中を追いかける。
「どうした?」
私の方に振り返った炎柱様はニコニコと太陽のように明るい笑みを浮かべており、これからその笑顔を崩してしまうかもしれないと思うと心が痛んだ。それでも、自分の為にも、そして炎柱様の為にもきちんと言わなくてはならない。