第8章 響かせろ、もっと遠くまで
その勢いに
「…っ…」
思わず尻もちをつきそうになるのをグッとこらえる。
「是非礼をさせて欲くれ!」
”屋敷に帰る許可が下りた”
”礼をさせてくれ”
それら言葉で、私はようやく重要な事を思い出した。
…まずい…きっとこの流れは…食事に誘われる!やだ!無理!好きにならないように努力してる相手と食事になんて…行けるわけないでしょ!余計好きになっちゃうかもしれない…!
これ以上好きになりたくない
そんなことを考えている時点で、自分の気持ちに全然歯止めがかかっていない自覚はある。訓練の最中も、真剣な表情、楽しげな表情、悔しげな表情、優しげな表情。それら全てが、私の心の中にある炎柱様を好きだと思う気持ちを色濃く染め上げていった。
”駄目だ”
”やめよう”
そう思う理性的な自分は
”好き”
”少しでいいから側にいたい”
そう思う自分に1度たりとも勝つことが出来なかった。
もうなるようになれ!
そうなれたらどんなに楽だろうかと思うのに、そうなる強さもない。結局のところ私も、暴力を振るわれ、外に女を作られても父を愛することを辞められなかった母と大して変わらない。
わからない、わかりたくもないと思っていたあの時の母の気持ちを、私は炎柱様を好きになって初めて理解した。
そんなことをぼんやりと考えていると
「どうかしたか?具合でも悪いのか?もしくは疲れて眠くなってしまったか?」
「…っ…近い…です…!」
私の視界を埋め尽くさんばかりの距離に炎柱様の端正な顔が飛び込んできた。そして一つ質問を重ねるたびにズイズイと私との距離を縮め、荷物を纏めるためにしゃがみ込んでいた私は、その微妙な姿勢と動揺のせいで上手く炎柱様と距離を取ることが出来ない。