第8章 響かせろ、もっと遠くまで
先ほども、以前の私であれば炎柱様に距離をつめられると、苛立ちに近い感情を抱いていたというのに、好きだという感情を抱いてしまった今は、自らその距離を縮めその手に触れてしまっていた。
頭に響いてうるさいと思っていた声が、私の心を震わせ、なのにたまらなく安心させる。炎柱様を好きになってしまったあの日から、私は変わってしまった。
それでも。
「…っ炎柱様が、何をおっしゃっているのか…私にはわかりません…」
私はそう答えるしか出来ない。
「…そうか」
炎柱様はあまり見ることのない困ったような表情を浮かべ、呟くようにそう言った。その表情に
…嫌われちゃった…かな…
そう思ってしまう自分がいた。そんな自分も嫌で嫌で仕方ない。
好きになってはならないと思いながらも、その気持ちに抗えず、距離を取らなければならないと思いながら自ら近づくような行動を取る。矛盾した行動ばかりを取っており、いつもの、”冷静沈着”と言われる自分で在りたいのに、炎柱様がそばにいるとそれが出来ない。
…こんな自分……大嫌い…
自己嫌悪の気持ちで、胸がつぶれそうだった。
そんな状態で炎柱様の顔が見れるはずもなく、私の目をじっとのぞき込むように見ていた炎柱様から顔をそらすように真下にある鍛錬場の床を見つめていた。
すぅっ
炎柱様の息遣いが聴こえ、何か言おうとしていることがわかってしまった私は
”もういいわかった”
”面倒な性格だな”
”可愛げのない人間だ”
私に向け放たれる、否定の言葉たちを想像し身を固くした。
なのに
「荒山がそう言うのであれば、今は無理強いはしまい!あまり強引な手段に出れば、また臆病な猫のように逃げられてしまうからな!気長に口説くとしよう」
そう言って私の後頭部に
ポン
優しくその温かな手のひらを置いた。