第8章 響かせろ、もっと遠くまで
「ふふっ…面白い」
右手で口元を隠しながら、とても小さな声で発せられた胡蝶様の声はしっかりと私の耳には届いており
あ、今胡蝶様面白いって言った。やっぱり全部わかってて楽しんでるんだ…!
そう思いながら、ムスッとした顔で胡蝶様を見る。胡蝶様は珍しくいたずらっ子のような幼い笑みを浮かべた後
「あら?耳のいい荒山さんには聞こえてしまいましたか?失礼しました」
そう言った。そして
「………」
「…なんでしょう…?」
じーっと私の表情を見た後、今度はふわりと優しい笑みを浮かべ
「私は、普段の鈴音さんより、表情豊かな今の鈴音さんの方が、素敵だと思います。はい、にっこりと。笑ってくださぁい」
そう言いながら私のほっぺをムニっと、剣士にしては柔らかく感じるその細く綺麗な指で摘み引っ張った。
その力はちっとも強くないのだが、胡蝶様が私のことを荒山さん呼びから鈴音さん呼びに変えたことが、恥ずかしく、そして嬉しくて
「…いひゃいです」
その気持ちを隠すため私はそんな風に言ってしまうのだった。そして
「胡蝶もそう思うか!俺も同じだ!荒山は「炎柱様はそれ以上なにも言わないでください!」む!なぜだ!」
そんな私たちのやり取りを、ほとんどその表情を変えることなく見ている栗花落様の視線が、気恥ずかしくてたまらないのだった。
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カーンカンカーン
木刀と木刀がぶつかり合う音が鍛錬場に響き
はぁ…はぁ…はぁ
荒くなった息遣いが目立って聴こえくるようになった頃
「そこまでにしましょう」
胡蝶様の綺麗な声が、私と炎柱様の打ち合いを止めた。