第8章 響かせろ、もっと遠くまで
「…っあの!胡蝶様!」
部屋を出て行こうとする胡蝶様に私がそう声をかけると、胡蝶様は満面の笑みを浮かべながら私の方を振り返り
「何でしょう荒山さん。まさか、真面目で礼儀正しいと名高い荒山さんともあろう方が、一度受けたお願いをお断りするだなんて…まさかまさか、そんなことは決してありませんよね?」
口調は至って穏やかで優しい感じではあるはずなのに、全くもって有無を言わせぬその雰囲気に
「…なんでも…ありません」
私がそう答える他なかったのは言うまでもない。
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ズーンと肩落としながら胡蝶様の後に続き蝶屋敷の廊下を歩いていくと
"もう一度頼む!"
聴きたいけど聴きたくない声が自然と耳に入ってきた。その声を認識した時
"心地のいい声だな"
そう思ってしまった自分がいて
…っ何考えてるの私!
その気持ちを懸命に打ち消そうと、頭を左右に振った。そんな私の様子に間違いなく気がついている胡蝶様が
「あら荒山さん。頭をそんなにふってどうかなさいましたか?」
そう言いながら私の方をチラリと振り返った。自分とそう目線の変わらない胡蝶様の目を見つめ
「…絶対に…わかっていますよね?」
思わずそう尋ねてしまった。
「さあ?なんかことでしょうか?」
そう言った胡蝶様は、やはり絶対に私の様子にも、むしろ炎柱と私の間に"何かがあった"ことすらも把握しているように見え
「胡蝶様…案外と意地悪なんですね」
失礼な態度だと自覚しつつもそんなことを言ってしまった。私のその言葉に更に笑みを深めた胡蝶様は
「意地悪なんかじゃありませんよ?私はただ、純粋に煉獄さんに最適な機能回復訓練を受けさせたかっただけですので。その結果として、煉獄さんと荒山さんお二人の様子を観察することになったとしても…それは不可抗力です」
そう言って再び前を向き、鍛錬場へと向かう歩みを速めた。