第7章 溢れた想いの行先は
私が療養する部屋からほど遠くない場所にその個室はあった。
「仕事が残っているので、私はここで失礼します」
「あ、はい!お仕事中なのにありがとうございました」
そう言って頭を下げる私にアオイさんは
「これもお仕事のうちです。貴方も怪我人なのですから、早めにお部屋にお戻りください」
そう告げ、きた道を戻ろうとクルリと方向転換した。
「それでも…!ありがとうございます!」
再び頭を下げる私に、アオイさんは一旦脚を止め私の方にチラリと視線を寄越し
「お大事になさって下さい」
と言って今度こそ去って行った。
一人になった私は
ふぅぅぅぅう。
はぁぁぁぁあ。
心を落ち着かせるため、一度大きく深呼吸をし
「…よし…」
そっと、音を立てないように細心の注意を払いながらその扉を開いた。
扉を開けた途端にフワリと香ってきたのはツンとくる消毒液のような匂いと、血の匂いだった。
「…っ…」
その香りに一瞬顔が歪む。けれども
スースー
確かに耳に届く定期的な寝息に酷く心が安心した。
中に入り、開けていた扉をそっと閉める。薬で眠っていると言っていたからそんな必要もないのだけれど、静かに、決して音を立てないように炎柱様が眠るベッドに近づいた。
「…炎柱様…包帯…だらけ…」
改めて目にする痛々しいその姿に、目の奥から何かが迫り上がってくるのを感じた。
胡蝶様が診察の際に使うのか、これからたくさん来るであろう見舞客のために用意されたのかは分かりかねるが、ベットのそばに置いてあった折り畳みの椅子を広げ、キシッとほんの少し音を立てそこに腰掛ける。私は無意識の内に上下する炎柱様の胸辺りに手を置こうとして…慌ててその手を止めた。
恋人でもない、弟子でもない、ただの部下の私が……不用意に触れて良い人じゃない。
気づくとギュッと下唇を噛み締めていた。
私は本当に炎柱様の役に立てたのだろうか。
結局は何度も庇われ、助けられてはいなかっただろうか。
そう思えば思うほど、迫り上がってくる何かはどんどん勢いを増していく。
「…っごめん…なさい…」
眠る炎柱様にそう一言告げ、私は逃げるように自分の病室へと戻った。
そしてそれ以降、炎柱様の病室に近づくことは絶対にしなかった。