第1章 始まりの雷鳴
部屋の前に到着し、再び部屋の様子を聴くと紙をめくる音が聴こえた。
着替えは…終わっていそう。
ふぅー
と一度長く息を吐き、緊張、そしてどうしてもぬぐい切れない恐怖の気持ちを抑え
「獪岳ちょっと良い?」
と襖越しに声を掛ける。
私の声に反応を示したことは気配で感じ取ることができたが、獪岳が返事を返してくれる様子はない。
昨日、あんな感じになっちゃったし…当然か。
「そのままでいいから聞いて」
私は閉じられた襖に向かって話しかける。
「昨日は…ごめん。大事な最終選別の前の日に、言うことじゃなかったし、獪岳に言うべきことじゃないことも感情のままに言った。あ、でも、獪岳の善逸に対する態度が許せないのは本当だから。…まぁとにかく。昨日はごめんなさい。ここにおにぎりとお茶、置いておくから持って行って」
私がそれを言い終えると、スッと閉じられていた襖が開き、じっと私を見下ろす獪岳の目と私の目がパチリと合った。けれども獪岳は何も言おうとせず、ただ私のことをじっと見ているだけだ。
…やっぱり、どう頑張っても苦手。
それでも同門として、言うべきこと、言わなくてはならないことがある。
「最終選別、頑張って。必ず桑島さんの元に、ここに生きて帰って来てね」
私のこの言葉に、嘘偽りは一つだってない。
それでも獪岳は何も言わない。
謝ることもできたし、伝えるべきことは伝えたし、もう行こう。
「それじゃあ」
そう告げ、台所に戻ろうと身体の向きを変えようとしたとき
「待て」
と、今日初めて獪岳が私に声を掛ける。
「…なに?」
私は再び、獪岳の方に向き直った。
「俺は必ず最終選別を生き残る。だがもうここに戻って来るつもりはない」
「っ何それ?どうしてよ?」
私の眉間にはグッと皴が寄り、自分よりもかなり上にある獪岳の顔を下から睨みつける。
「先生は俺を認めてはくれなかった。俺の力を認めてくれないこんな場所は、もう俺がいるべき場所じゃない」
獪岳のあまりに勝手なその言い草に、私の手にグッと力が入る。