第5章 名前の知らない感情は
「…っ!?待ってください!…なんですか…その…飲んだくれの父親だとか…一家の大黒柱だとか…?」
全く予想もしていなかった言葉の数々に、私の声が思わず大きくなってしまう。
「俺が煉獄と初めて会ったのは、柱合会議に行こうとしない親父さんの代わりに、あいつ自ら炎柱代理として来た時だ。元々親父もお袋もいないも同然の俺と違って、両親に大切に育てられてきたはずのあいつは、病気で母親を亡くし、生きてこそいるがそれまで追いかけてきた父親の背中も無くした。普通の人間だったら、もっとやさぐれたり投げやりになったりする。それが普通だ。だが…あいつは違う。1人の人間としての立場よりも、"鬼殺隊の炎柱"としての立場を優先する。だから決して己が進むと決めた道から逸れることも、立ち止まることもしねえ。例えそれが、誰よりも大事にしている弟を置いて死ぬ事になったとしてもだ」
「…っ…」
あの日、どうして千寿郎君が見ず知らずの私に、炎柱様のことをあんなにも必死な様子で訪ねてきたのかずっと不思議に思っていた。けれども今の天元さんの話で、ようやくその理由が分かった。そしてその理由を理解したと同時に、胸が苦しくてつぶれてしまいそうになった。
「それが俺から見た"炎柱、煉獄杏寿郎"だ。…俺には到底真似できねぇ」
そう呟いた天元さんは、私がこれまで見てきた天元さんのどの表情よりも真剣なものに見えた。
「何でだろうな?俺ほどでないとは言え、あれだけの色男が、女も知らず、ただ真面目に刀ばっかり振ってるんだぜ?嫁になりたい女なんて掃いて捨てるほどいるだろうに。もっと羽目を外して、楽しく生きりゃいいのによ。同じ男として俺は心配だ!」
話がおかしな方向に向かっている気もするが、天元さんからみた炎柱様の姿を、私の知らない炎柱様の姿を知ることができて、ただ純粋に嬉しいと思った。