第5章 名前の知らない感情は
どんな関係かも明らかでない私に実兄の最近の様子を尋ね、その答えを聞きとても嬉しそうな表情を見せる。
…炎柱様…お家に、帰れていないのかな?
そんな風に思ってしまうほどに、千寿郎君の顔はどこか必死さのようなものを感じてしまうものだった。その表情に
もし今度任務を共にするようなことがあれば、今日の事、炎柱様に教えてあげよう。
黒猫を抱き、自分より年齢、そして体格が上の相手、それも酒に酔い、理性を失った相手に向かっていくことはそう簡単なことではないはず。見た感じ、物腰が柔らかそうなこの子にとって、もの凄く勇気のいる行動だったかもしれない。
心の芯の部分が、炎柱様と一緒なんだろうな
そんなことを考えながら
「うん。とっても元気だったよ。千寿郎君の方が先に会えるかもしれないけど、もし私の方が先にお兄さんと会うことが出来たら、千寿郎君は元気だったよってことと…猫ちゃんを守る姿、凄く勇敢だったって伝えておくね」
私は千寿郎君へと笑いかけた。
「はい!ありがとうございます!あ…でも猫の件については恥ずかしいので兄上には…」
千寿郎君がその先の言葉を続けようとするも
にゃぁぁぁお
千寿郎君の腕に抱かれたままでいた猫が、”私のこと忘れてないでしょうねぇ”と言いたげな声で少し大きめの声で鳴いた。
「あ!ごめんごめん。あまりにも大人しく収まっているから、抱いたままだったのを忘れていましたね」
千寿郎君はそう言ってその場にしゃがみ、抱いていた猫をゆっくりと地面へと近づける。地面に近づいた猫は、ピョンと千寿郎君の腕から抜け出すように飛び降りると、そのまま路地裏のほうにテクテクと歩きはじめる。
「気を付けて帰るんだよ」
千寿郎君が遠のいていく猫の背中に向けそう言うと、ちらりと首だけこちらに振り返り
にゃぁぁぁお
最後にもう一度大きく鳴き、再び前を向くとタタタッと走り去って行った。
「かわいい子。お礼でも、言ってくれたつもりなのかな?」
私がそう言うと
「そうかもしれませんね」
千寿郎君は優しく穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。
けれどもその後
「…っと、父上に頼まれていた買い物の事をすっかりと忘れていました!早く戻らないと…」
自分が商店街に来た目的を思い出した千寿郎君が慌て始めた。