第5章 名前の知らない感情は
店に入りざっと店内を見回したものの、これと言って目ぼしいものは見つからなかった。
ま、そんな時もあるよね
そう思いながら店の外に出たその時
"うるせぇどけやぁ!"
顔をしかめてしまいそうになる程の汚い怒鳴り声と、暴言が聞こえてきた。
…うるさいな。こんな明るい時間に…喧嘩?
そう思いながら怒鳴り声の発生元の方へ視線を向けると
「…っ!」
衝撃的とも言えるその光景に私の常中が久方ぶりに止まった。
赤ら顔の男が、私よりもまだ背の低い、”少年”といえる年端もいかない男の子に向け怒鳴っている。そしてその男の子の腕には、先ほど私が存分に愛でさせてもらった、あの猫がしっかりと抱かれていた。
男の子は、その赤ら顔の男に
「…っなんの罪もない猫を蹴ることも叩くことも…するべきでは…ないと思います!」
恐怖を懸命に耐えているような震えた声でそう言っていた。
「はぁ!?邪魔なんだから仕方がねえだろ!?人様の歩く道をチョロチョロ歩き回ってんだからよぉ!」
何がそんなにも気に入らないのか、男はその男の子ごと、腕に抱かれた猫を叩こうと、バッ腕を振り上げた。
すぅ
と深く息を吸い込み、驚きと怒りですっかり忘れていた常中を再開した私は、瞬く間にその男との距離を詰め
ぎゅぅぅぅぅう
「…っいでぇ!!!」
男の腕を捻り上げた。
急に現れた見知らぬ女に腕を捻り上げられたその男は
「っなんだテメェ!この…っ…馬鹿力女が!さっさと腕を離せよ…っ…」
私に捻られた腕が相当痛いのか、男が言葉を途切れさせながらそう言った。
「この腕を離す前に、良ければ教えてもらえませんか?酔っぱらって自分よりかなり年下の男の子に、何の悪さもしてない可愛い猫に、そんなことをして恥ずかしいとは思わないんですか?」
怒りのあまり普段よりも低くなった自分の声に
あ、私こんなに冷たい声も出せるんだ
と自分でも驚いてしまう。