第5章 名前の知らない感情は
女性はじぃっとその風呂敷を見た後
「あぁこれねぇ。悪いわねぇ。これは一時、うちの着物を買ってもらったお礼にお配りしていたもので、売り物じゃあないの」
言葉の通り申し訳なさそうな表情を浮かべながらそう言った。
「…そうなんですね…」
沈んだ声で私がそう言うと
「これ、洗っちゃったんでしょう?私も呉服屋の癖にたまに忘れて同じことをしてしまう時があるのよ」
女性は、私を励ましてくれるかのようにそう言った。
同じものが手に入らないのであれば、代わりの物を買って返すしかないよね…。
「あの、それじゃあこれと同じような風呂敷を買いたいので、いくつか見繕ってもらうことは出来ますか?」
「もちろん喜んで。素材は同じものを選ぶとして、色味の希望とかはあるの?」
「色味…」
そう尋ねられた私は
「えっと…同じような色味のものでいいんですけど…」
無難な返事をしてしまう。
「あらそう?じゃあ、同じような色味の物と、少し雰囲気の違うものを持ってきますね。そこに座って待っててくださいな」
女性はそう言って再び店の奥の方へと入っていった。
店内の目につくところに、幾つか風呂敷があるにはあるのだが、恐らく質が違うものなのだろう。
…お金、結構持ってきたつもりだけど…まさか足りないなんてこと…ないよね?
一抹の不安を抱きながら、先ほど座るように促された椅子に座り、女性が戻ってくるのを大人しく待った。
「お待たせしましたぁ」
程なくして女性が何やら楽しそうな様子で戻ってきた。
女性は私の前に座り、見繕ってきてくれた5枚の風呂敷を円卓に広げて行く。
「この3つが同じような雰囲気のやつで、残りの二つは私のお勧めなのよ」
円卓に広げられた5枚の風呂敷を順番に見ていく。
この三つは…確かに炎柱様からお借りしたものと雰囲気が似てる…この中のどれかで良いかなぁ…でも、柄が、何となく好みじゃないんだよな。
ダメにしてしまった物をお返しするだけのはずなのに、気が付くと私は真剣になってその柄を見比べたり、手触りを確かめたりしていた。