第5章 名前の知らない感情は
それから数日後。
非番を利用し、駄目にしてしまった炎柱様にお借りした風呂敷を弁償するため、駒沢村まで足を運んでいた。
本当は動きやすい隊服を着て来たかったのだが、煉獄家御用達の呉服屋に入るのに、隊服姿で入るのは場違いな気がした。
それにこんな機会でもないと、天元さんたちに贈ってもらった着物に袖を通す機会も無い。
いつもは邪魔にならないように括っているだけの髪の毛を少し手をかけ結い、普段は申し訳程度にしかしない化粧もきちんとしてみた。
すると、自分が日々殺伐とした鬼殺の世界に身を置いていることを忘れてしまいそうになる。
雛鶴さんが私の為にと書いてくれた地図を頼りにお店を探すと、迷うことなく目的の呉服屋にだどりついた。その外観は、やはり”代々炎柱を排出し続ける名門・煉獄家御用達"というだけあり、私が普段目にする呉服屋とは一味違う雰囲気を放っていた。
…隊服で来なくて、本当に良かった。
緊張からドキドキと忙しなく鼓動する心を落ち着かせながら
ガラリ
呉服屋の扉を開く。
店内は外観同様、気品が漂っており、変に緊張してしまう。けれども中に誰の姿もなく
「すみませぇん…」
恐る恐る店の奥のほうに声を掛けた。すると
”はぁい、ただいまぁ”
優し気な声が奥から聞こえてきた。
落ち着かない気持ちをごまかすようにキョロキョロと店内を見回していると
「お待たせしてすみませんねぇ」
そう言いながら年配の女性が店の奥からやって来た。
「あらまぁ可愛らしいお客様ねぇ。何をお探しですか?」
そういいながらニコニコと私の元へ近づいてくる。
私は手に持っていた巾着袋から炎柱様の風呂敷を取り出し
「すみません。これと同じ商品ってありますか?」
縮んでしまった風呂敷を女性に見せた。
「はいはいちょっと見せてねぇ」
そう言いながら女性は優しい手つきで私の手からそれを取った。